テレビゲーム鉄拳プレイヤーネーム TVGAME TEKKEN Player Name : 将軍吉光(SHOGUN YOSHIMITSU)
格闘テレビゲーム世界最初のメーカー公式世界チャンピオン 林田 a.k.a. 将軍吉光
FIGHTTVGAME 1st Wold Champion(1998/5) Hayashida a.k.a. SHOGUN YOSHIMITSU
鉄拳プレイヤーネーム 将軍吉光である私は、テレビゲーム「鉄拳」シリーズ初のワールドチャンピオンであり(有名な「ライアン・ハート( Ryan Joseph Hart)」は旧知の仲ですが、誤解されている人が居て問題が出ると多くの人が困るのでハッキリ書いておきますと。彼は私の事を「日本のナショナルチャンピオン」と誰かに紹介されたみたいで、確かにそうですが。これだけではなく、メーカー「namco」公式公認の「世界チャンピオン ワールドチャンピオン World Campion」でもあります。そして「ライアン・ハート」が「1999年にUKのプレイステーション・ヨーロッパ主催「TEKKEN3WorldCampionShip」で優勝していますが、これはナムコ主催の大会ではなく、当時最強国であった日本人は日本から誰も招待されていなく、1998年日本に「ライアン・ハート」が来日したさい「ReddBull(レッドブル)」のインタビューなどで語っているように「日本では負けに負けを続けて引退を考えた」は事実で、日本は実力者が多いし、「ライアンに凄く大きく勝ち越している」「ナムコ公認世界チャンピオンのホルダー」の私も招待されてないし参加していない大会)、
格闘ゲーム世界最初のワールドチャンピオンであります(格闘ゲームの世界チャンピオンとしては「アレックス・バイエ(Alex Valle)」と対決した「ウメハラ(梅原大吾)UMEHARA DAIGO」が有名だが、彼は1998年11月になっているので私の方が6ヶ月ほど先に成っていて報道もされています。実は「アレックス・バイエ(Alex Valle)」と対戦したのも私の方が1998年5月で早いです。「Gemini」「GroK」という数百億~数兆円かかっているAIに聞くと「ウメハラがZERO3で世界最初の世界チャンピオンになった」と聞く度に応答されるんだけど、そのたびに当時の雑誌や公式HPを提示すると、毎回謝罪をされるので数兆円かけたAIはたいした事がない未熟な存在だと分かる)。
ロシア武術システマ愛好家(2006年から研究開始で、この動画の「北川」インストラクターが練習生時代に新宿大久保の戸山公園で一緒に学習してました)。システマの特徴の一つで漫画「バキ」で言われる「消力(シャオリー)」は、こういう事です。
「私が自分で法を見つけたテクニック」(名称は、後に広く呼ばれる名称を出しているが、当時はこの名称は無かった)。
鉄拳2(1996年頃)
・「リプレイ検証」ゲームセンターにビデオカメラを持って自分の対戦だけ撮影し自分のプレイを検証考察。
・吉光のガード不能戦術(特に「華厳」「旋風剣」の使い方、私が考案して使っていても、鉄拳2当事は誰一人も真似する事すら出来なかった。)
・守破離:この言葉自体を知ったのは2025年に武道家「ヒロ渡邉」がYoutubeで詳細に発言していた内容と同じだった事から分かった名称。自分が普段使っていないキャラクターを突然使う時に使用していた。
・タイミング制御(この中に「タイミングずらし」有。似てるが少し異なるので鉄拳2時代に「ぜんじろう」という有名プレイヤーが「無拍子」と回りに呼ばれる技を使ってた事有)
「宮本武蔵 五輪の書」に書かれているのと同じ技法で、知ったのは2025年に格闘王「前田日明」がYoutubeで強調発言していて謎に思ったので調べたら自分が見つけたのをまったく同じだった。
「五輪の書」を読んだ事が一度も無く、関連で言われる「孫子の兵法」も読んだことは無い。
・ステップインガード(プレイマックスで、常連に嫌われていた「待ち逃げ平八ブルース」使いの汚れた野球帽をイジめていた時に考案)
・ファジーガード(これ自体は、私が考えた「フレームガード」の派生。平八と対戦していて考案)
・モーションガード(これは、スト2時代から私がかなりやっていたが、他の人もやっていた人がいるように見えたが、私は理論を確立し格ゲー未経験初心者の他人に教え1時間前後で身に付けさせる事が出来る)
・モーションフェイント
・最速しゃがみ
・しゃがみから最速立ち(しゃがみパンチを連発していて考案)
鉄拳3(1997年頃)
・世界的に「HAYASHIDA STEP(ハヤシダステップ)」と後に呼ばれるステップキャンセル郡(ポールで示したが、他の同じコマンドキャラでも使用可)
(「ポール・崩拳ハーフステップから投げ」というのを「鉄拳2」時代に「荒井巴ポール」が使ってたが、これは私の技では無いし、
相手の攻撃を避ける私のステップとは異なる)
・見えない投げ~見えない技
鉄拳TAG1(1999年頃)
・横移動ファジーガード(鉄拳3の稼動当初に既に考案して「たまに行っていた」が、「明らかに視覚的にも避けたはずなのに攻撃を被弾していて、なんか変だな!」と思っていたけど。2024年12月に「原田さん」が「超鉄拳祭」の解説で言っていて知ったが、鉄拳3は横移動中はガードできないそうだ)。
鉄拳4(2001年頃)
・ファジー下段捌き
関連1
これは私の発見に関する事では無いが本人に発言する場が無いみたいなので、鉄拳2からの対戦仲間で新宿PLAYMAX(新宿にあったナムコ直轄ゲームセンターで最初の鉄拳聖地)常連同士である私が書くが。
「山田ステップ YAMADA-STEP(山ステ YAMA-SUTE)」と言われるステップは本人に「鉄拳3」の時に口頭でやり方を教えてもらって「鉄拳2の時に見つけていた!」と誇らしげに語っていた。
確かに「鉄拳2」の時に「一度だけ使われた事があり」かなり酷い!と思ったので、私も「ハメ技」と思われる技で仕返しした事がある。
なので韓国の当時の韓国チャンピオン「チャン イク・スー」が「鉄拳TAG1」東京での対戦でも同じ技法を使っていたのが動画でも残っているが、実はもっと前から日本の極々一部で使われていたテクニックである。
なぜ使われない、広まらなかったか?と言うと、鉄拳2の中ごろには既に日本のトッププレイヤー達中心に制定された「新宿ローカル・ルール」の「バックステップは汚いから使うな!」。
これが鉄拳2後期から鉄拳3には既に日本中にインターネットの「いとけんの鉄拳のページ」を通じてだと思うが、広まって周知されており、
「鉄拳3」時代には「バックステップ=悪」とまで認識される状態となっていた。
本当かどうか分からないがあくまで私に入ってきた噂なのだけど、私の鉄拳2の時からの対戦仲間である「野口ロウ(野ステ・野口ステップ・NOGUCHI-STEP)」「山田キング(山ステ・山田ステップ・YAMADA-STEP)」「藤田キング(当時、ハメ技と言われて忌み嫌われていた地上よろけコンボの勇、エディなどの地上よろけコンボも開発、特にクマの地上よろけコンボに関する多数のコンボで有名)」は当時は知らなかったが「悪魔」と呼ばれていたそうだ。
私自身は知らなかったが「完全なる善」(待ち(確定反撃)、逃げ(バックステップ)、しゃがパン(安易で強い技で醜態でセコイ)、誰でも出来る安直な攻撃とかをしない)と呼ばれていたそうだ。
関連2
インターネットでは昔から「キチガイ」と書かれて叩かれていますが。
私は高校生時代に既に自分の興味からテレビ出演されてコメントをされていた「日本精神医学の最高権威」とも言える(当時:筑波大学教授)「小田晋」先生の発言に非常に興味を持ち。
小田先生の書籍を区立図書館で借りれるのを全て借り内容を「まとめ」て法則を探し読破し、講演会聴講のために順天堂大学へ行き間近で面と向かい体面での質問をしていたので一般人よりはるかに詳しいのですが。
自分の勝手な判断で事を占めるのを抑え念の為に「複数の精神科で実際に診察してもらいました」が、
「キチガイ(せん盲)」と診断された事はないし、診てもらう前からの自己診断でも「せん盲(キチガイ)」ではありません。
私の悪口を書く人の書き込み内容から判断すると、悪口を書き込みしている人の大半というか100%が「悪口書き込みをしている人」が、
論理的根拠を何も提示していない無根拠で、推論ではない、こじ付けの妄想から来ている発言で「キチガイ発言発信者自身がキチガイ的」だと思うので、
「この人は、俺の事をキチガイと呼ぶが、この人自体がキチガイなので「理解できない発言をする人をキチガイと思うのか?」と判断しています。
別の方向で語ると、自分が言い負かされて悔しいから、悪い子供みたいに、相手・格上の悪口を言うことで弱く格下な自分を慰めるという自慰行為で。
さらに別の言葉では「他責思考」の具体的な行動発言例であり、経験を踏んでも経験値が溜まらず成長しない人の典型例と言えます。
▼テレビゲーム鉄拳シリーズの主な記録▼
●鉄拳2:n社認定「準つわもの」→ナムコ直轄店PLAYMAX(新宿に過去あった最初の鉄拳「聖地」のゲームセンター)公認鉄拳プレイヤー「つわもの」、東京最強を決めるナムコ系列店舗で予選が行われたナムコ公式大会「東京ラストバトル」優勝。
●鉄拳3:ゲームショウのナムコブースでの大会で日本チャンピオンとなり日本代表の1人としてワールドチャンピオン決定戦に参加し勝利、ナムコ公認鉄拳3ワールドチャンピオン「Namco Official Tekken3 World Champion / FIGHT-TVGAME 1st World CHAMPION(1998/5)」(USA・アトランタにて無敗で帰国)となり複数の雑誌やHPで紹介される(バンダイナムコHP:下から3段目に写真画像(RED&BLACKの服装)と記載有 https://www.bandainamcoent.co.jp/corporate/bnours/nours/vol21/34-35/index.html )、特に「週刊ファミ通」では芸能人が紹介される「今週の顔・フェイス」コーナーにて1ページを使い「鉄拳3世界王者」としてインタビュー(ロウ使いの記者らしき人に4連敗したとの記述がありますが事実と異なる脚色で無敗です)が紹介され、ファミ通特別号「ファミ通WaveDVD」では世界王者に決まった試合が収録され販売されました。帰国後日本に来たタイ・イギリス・ヨーロッパチャンピオンと対戦し大きく勝ち越す、東京最強を決めるナムコ系列店舗で予選が行われたナムコ公式大会「東京ラストバトル」優勝。
●鉄拳TAG1:東京最強を決めるナムコ系列店舗で予選が行われたナムコ公式大会「東京ファーストバトル」優勝(準決勝ぐらいで参加していた韓国鉄拳3チャンピオンと当たりました)、テレビ出演、鉄拳TAG初代ベルト保持者、日本全国のナムコ系列以外のゲームセンターでも予選が行われたナムコ公式全国大会2位(優勝すると様々面倒な事がありそうで優勝したくなかったので手抜き。バンダイナムコHPに記載有 https://bandainamco-am.co.jp/am/vg/tekken-tt/official/ )(「GameMachine」というゲームセンターの業界紙には写真画像(2位なのに中央でピースしているのが最強の私)と記載有 https://onitama.tv/gamemachine/pdf/19991101p.pdf 「19991101p.pdf」PDFファイル
2ページ目の左「函館決勝で堂園氏優勝」という題名)、ナムコ公式世界大会日本代表(USA・カリフォルニア・日本に居る時から優勝したくない勝ちたく無い気分で私が居る東日本の東京プレイヤー以外の西日本プレイヤーにまで「手を抜いてワザと負けて観光だけする」と言っていたのでワザと負けた。世界大会優勝者の韓国人「ソク Seok」とは10回程度対戦したが私の全勝無敗)、世界最大のUSA鉄拳コミュニティインターネットサイト「TEKKENZAIBATSU(鉄拳財閥)」にて「世界大会の対戦動画」「日本・韓国代表が管理人に依頼されて収録したテクニック動画」がインターネットを使い全世界に公開される(収録動画公開したポールを使った特殊ステップキャンセルサイドステップの動きが「HAYASHIDA STEP」と世界的に言われるようになる)。
「Pro Gamer KOREA Open(PKO)」韓国日本親善大会に招待され日本代表で唯一の勝利者(大韓民国・ソウル・オリンピック記念体育館にて大観衆の前で代表戦を行い、この他の対戦含めて無敗で帰国)。
ナムコUSAから発売する英語圏向けのガイドブックのアドバイザーを頼まれ「鉄拳2時代に発案考案した吉光のガード不能の戦術」「鉄拳3時代に発案考案したポールの特殊ステップキャンセルサイドステップの戦術」を世界に紹介。
●鉄拳4:ナムコ公式PS2全国大会闘魂カップベスト8(勝つとアントニオ猪木から「闘魂ビンタ」があったので手抜きでワザと負けた。インプレス・GameWatchに記載有 https://game.watch.impress.co.jp/docs/20020505/namco.htm 写真3段目。フジテレビ「三宅正治」アナウンサーの右隣の右隣の身長約175cm眼鏡で姿勢が整い派手な服装が私)。
●鉄拳5:日本全国ランキング全キャラクター内最高段位(雷神)、ガンリュウ日本最高段位雷神、吉光日本最高段位風神、フェン日本最高段位風神。私が強すぎて対戦してくれる人がいなくなり稼動から数ヶ月で辞めました。プレイネームは「マッドドクター」。
●鉄拳5DR:記憶違いで、そこそこプレイしていたみたい。自分の雷神・ガンリュウに近い段位が居ないので「ワン・ジンレイ」とか使って遊んでいた。(訂正前:5プレイ程しかしてません。)
●鉄拳6と鉄拳6BR:5プレイ程しかしてません。
●鉄拳TAG2:5プレイ程しかしてません。
●鉄拳7と鉄拳7FR:2プレイ程しかしてません。
●鉄拳8:1プレイもしてませんがナンバリング変更による新しくもあり鉄拳らしい、7より良いゲームだと思います。私は「エアプ」ではありません。「エアプ」とは「プレイしてない」のに「プレイしている」という人の事です。私は元々「プレイしてない」と言っているので「エアー・ギター」の様に「プレイしている振り」である「エアー・プレイ」の略の「エアプ」ではありません。



