3.11から14年——あの日を忘れないために


今日、2025年3月11日で東日本大震災から14年が経ちました。あの日の記憶は、今も私の中で鮮明に残っています。私は宮城県大和町で被災し、想像を絶する揺れと、その後の混乱の中で生きることの意味を改めて考えさせられました。


■ 14年前の記憶


2011年3月11日、午後2時46分。あの瞬間、地面が波打ち、建物が軋み、日常が一瞬で崩れ去りました。宮城県大和町でも強い揺れが続き、事務機器が倒れ、電気や水道が止まりました。その後ラジオから伝えられる津波の被害、火災、行方不明者の情報に、現実とは思えない恐怖を感じました。気が動転してしまい車でテレビが見れるのを忘れていて慌てて付けて仙台空港の流されて行く飛行機の姿に絶句したことを覚えています。


不安な中で過ごした日々は、余震と寒さが無い不足する物資の中、人と人との助け合いの大切さを教えてくれました。顔も名前も知らなかった人たちと励まし合い、分け合い、共に生き抜くことで、困難を乗り越えて来られたと思っています。


■ 忘れないこと、伝え続けること


14年という年月が経ち、街は復興の道を歩んできました。しかし、震災の記憶は風化させてはなりません。被災した私たちが語り続けることこそが、次の世代にとっての「備え」になると信じています。


あの日を忘れないために、そして大切な命を守るために、これからも防災の意識を持ち続けたいと思います。今日という日が、改めて震災の教訓を心に刻み、未来へつなげる日になることを願っています。


そして熊本、能登、大船渡さらなる災害が降りかかっても人々は頑張っています…この国ももっと国民に寄り添って国民と共に国を作って行ってほしいものです。今のままでは安心して生きてはいけません。


3.11——忘れない。伝え続ける。生きていく。


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