[本間 宗久・本間家三十六人衆]
山形県酒田市出身の本間 宗久は「酒田五法」を考案しローソク足の発案者であると言われます。
久宗が6歳の時「八代将軍 徳川 吉宗」時代の江戸へ行き見聞を広めました。
酒田には「本間家三十六人衆」の菩提寺があり酒田市民の本間家への思いは格別です。
本間家三十六人衆の宗久は米相場の才覚では群を抜いています。
本間家が「日本一の大地主」と呼ばれる基礎を築きました。
[酒田本間家の基本的考え方]
「あるところからないところへ、ないところからあるところへ」
本間家は天候不良でコメ不足の年は、山居倉庫を開け困っている人のために西廻り航路で大阪(大坂)へと大量の米や物資を届けています。
江戸時代に全国の物流網が整い北前船で米や必要な物資を運べば庶民が多少なりとも空腹や物不足にならずに済みました。
米騒動や飢饉が度々あった一方、長年鎖国が続き「元禄文化」が息づくなど「日本文化」が産まれました。
大阪から船で帰途の際、京都の貴重な着物や酒田にはない多くの品々を買い、地元民衆に喜ばれたそうです。
庄内藩・酒田は「港町」「宿場町」「花街」として栄えました。
江戸時代、米や非常物資は山居倉庫に常時保管されていました。
風通しが良く江戸時代に建造された倉庫とは見えない頑丈な創りになっています。
海外賓客が本間家別邸の陶器や山居倉庫視察の時の感想は「ワンダフル!」とたいへん驚かれたと聴いています。
[本間 宗久 相場格言 抜粋]
本間 宗久は晩年江戸住まいで徳川家相談役を仰せつかっていたようです。
1803年、宗久は波乱万丈の人生を江戸で終えました。
享年86歳でした。
[本間 宗久・相場格言抜粋]
「急激な上げ下げがある場合は手仕舞う」
「相場が長期的に上がると思ったら買い進める」
「相場の仕掛け時は一年に数回しかない」
「陽極まれば陰に転じ陰極まれば陽に転ず」
[令和七年 東京株式市場]
世界のマーケットは大揺れです。
日経平均株価は、2024年8月5日の安値31,000円台を下回らず3日続伸し陽転すれば「陽に転ず」になります。
相場に勝つことはできなくともマーケットの流れに逆らわず素直に従えさえすれば負けることは殆どありません。
防衛ラインは31,000円所だと思います。
株式を始め「エクイティ商品」は10年スパンで投資を考えればどんなに失敗を重ねても最終的には相場が成功に導いてくれると思っています。
