古典定跡 原喜鶴 撰 将棊図彙考鑑を考える01(定跡編) | 将棋・序盤のStrategy ~ 矢倉 角換わり 横歩取り 相掛かり 中飛車 四間飛車 三間飛車 向かい飛車 相振り飛車 ~

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オールラウンドプレイヤーを目指す序盤研究ブログです。最近は棋書 感想・レビューのコーナーで、棋書の評価付けもしています。

仲間内から「古典定跡のコーナーが楽しみ」という声を聞いたので、
ちょっとだけペースアップして更新していけたらと思う。

一応、このコーナーの趣旨は、
現存する過去の定跡書を古い順番から紹介したい、というものだが、
今回紹介する将棊図彙考鑑(しょうぎずいこうかん)は、
最古から二番目、という位置づけになる。

将棊図彙考鑑は全6巻からなる定跡解説と実戦集だが、
その大きな功績は棋力の数値化、すなわち段位を記した事にある。
名人を基準とし、香落ちは七段、飛車香落ちで初段という要領だ。
現在、名人に二枚落ちで勝てればアマ初段は優にある、という判断だから、
当時の初段はなかなかの実力者、という事になるだろう。
もっとも、流石に今の名人の方が強いとは思いますけどね。

将棊図彙考鑑には将棋師名簿というものがあるのだけど、
そこに記される8割以上の有段者は武士だと言います。
将棋家が江戸に移住した事で、武士に指導する機会が増え、
腕を上げた武士が参勤交代で地元に帰る事で、
地方に将棋が広められたと考えられています。

なお、撰者の名前は原喜鶴(はらきかく)としましたが、
原喜右衛門とする資料もある。同一人物なんでしょうけどね。

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将棊図彙考鑑にはあまり定跡が載っておらず、
実戦集が大部分を占めるので、駒落ち・平手を混ぜて紹介します。

両馬定跡駒組

手合割:二枚落ち

△6二銀 ▲7六歩 △5四歩 ▲5六歩 △6四歩 ▲6六歩
△7四歩 ▲7八銀 △6三銀 ▲6七銀 △7二金 ▲7八飛
△8四歩 ▲4八玉 △4二玉 ▲3八玉 △3二玉 ▲4八銀
△4二銀 ▲5七銀 △5三銀 ▲5八金左 △4四歩 ▲4六歩
△3四歩 ▲3六歩 △5二金 ▲2八玉 △4三金 ▲3八金
△1四歩 ▲1六歩 △2四歩 ▲2六歩 △3三桂 ▲4七金左
△9四歩 ▲9六歩 △7三桂 ▲3七桂 △8三金 ▲7五歩
△同 歩 ▲同 飛 △7四歩 ▲7八飛 △8五歩 ▲7六銀
△8四金 ▲6八銀 △2三玉 ▲6七銀上 △4二金 ▲7九角
△3二玉 ▲5七角
(下図)


二枚落ちの上手を持った事がある方は分かると思いますけど、
中央で歩を並べられると上手はキツいんですよね。
打開のしようがなくて、手が詰まっちゃうんで。

で、上手は△8五歩とせめてもの進軍なんですけど、
上図はそこを▲5七角と狙い撃ちして「どうだー!」という構えですね。
手を詰まらせて、暴れたくなったところにカウンターを合わせる。
何とも老獪な下手ですね。

6七の銀が2七にいたら完璧じゃないか、とも思うんですけど、
▲6五歩からゴチャゴチャしてるうちに、6七あたりにと金を作られる展開もあるので、
案外、この方が紛れにくいかもしれない。なるほどね。

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定跡駒組美濃囲

▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲4六歩 △3三角 ▲3六歩 △4三銀 ▲4七銀 △4二飛
▲1六歩 △1四歩 ▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △7二玉
▲5八金右 △5二金左 ▲9六歩 △9四歩 ▲6八金上 △8二玉
▲5六銀 △7二銀 ▲2五歩 △5四銀 ▲2六飛 △6四歩
▲3七桂 △6三金
(下図)


古典定跡 赤縣敦菴 撰 象戯綱目を考える01(平手定跡編) でも登場したけど、
この当時は四間飛車対策で▲2五歩型の腰掛銀がよく指されていたんですね。

この将棋は仕掛け周辺で成功しているように見えても、
玉形差で負ける展開が多いんですよ。
仮に▲2四歩△同 歩▲4五歩△同 歩▲3三角成△同 桂▲2四飛となっても、
直後の△4六角で攻め合い負け、とかね。
勇ましい形をしていても、なかなか攻められないってとこに、
急戦定跡としての矛盾があるというか、まぁ人気が無い理由ですかね。

近年だと、宮坂幸雄先生が指してたけど、
舟囲いだと玉が弱くて耐えられないので、
左美濃や銀冠とセットで指していたように思います。
それでも玉が薄くて苦労していた印象ではありますが。

自分の認識としては、
振り飛車側は相腰掛銀じゃなく、△5四歩型の方が受けやすいです。
腰掛銀にするなら、△3二金で受け止めるのもありだと思います。

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定跡駒組中飛車

▲7六歩 △3四歩 ▲5六歩 △5四歩 ▲5八飛 △5二飛
▲4八玉 △6二玉 ▲3八玉 △7二玉 ▲4八銀 △6二銀
▲5七銀 △8二玉 ▲6六歩 △7二金 ▲7八銀 △6四歩
▲6七銀 △6三銀 ▲2八玉 △7四歩 ▲3八金 △4二銀
▲5九金 △5三銀 ▲4八金上 △1四歩 ▲1六歩 △9四歩
▲9六歩 △5一金 ▲7七角 △6二金上 ▲4六歩 △3三角
(下図)


昔からあったんですね、相中飛車。

でも今の相中飛車とは雰囲気が大分違いますね。
今だともっと、攻めっ気の強い陣立てが好まれると思います。
先手が早々に▲6六歩と止める辺り、早く攻める意思は感じません。

まぁ、相振り飛車は攻め味が肝心、という事が分かったのも
全体から見ればかなり最近の話ですからねー。

上図からは、7筋の歩を交換して▲7六銀型を作ってどうか。

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定跡駒組居飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲3六歩 △3三角 ▲5八金右 △4二飛
▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △7二玉 ▲2五歩 △6二銀
▲1六歩 △1四歩 ▲4六歩 △8二玉 ▲3七桂 △7二金
▲5七銀 △9四歩 ▲9六歩 △5三銀 ▲6八金上 △5二金
▲4七金 △7四歩 ▲2六飛 △4三銀 ▲5五歩 △同 歩
▲同 角 △6四歩 ▲5六銀 △5四歩 ▲8八角 △2二飛
▲3五歩 △同 歩 ▲4五歩 △6三金左




いわゆる「宗歩四間」と呼ばれる形の発展形がこれだ。

現在「宗歩四間」と呼ばれているものは、
△6二銀型から急戦を挑むものが多いけれど、
それは後年、狙いを付け加えられたマガイモノで、
本来は△5三銀と上がって中央を厚くする作戦なのである。
そもそも、「宗歩四間」というネーミング自体が怪しいもので、
宗歩がこの形を得意とした根拠は無い。

昭和を生きたベテランの先生の棋譜を見ると、
こうした振り飛車を指しているのを散見する。
そのルーツが江戸時代からの定跡にある事は間違いなさそうだ。

居飛車側の陣形は▲6八金上とした手がイビツだ。
▲6八銀と上がる方が銀が活用出来て優るけれど、
当時は違和感が無かったのだろう。

上図の形勢判断はとても難しい。

▲4四歩と取り込んで、
△同 角なら▲5五歩、△同 銀右なら▲4六金・・・
いずれも濃厚な力比べが始まりそうだ。

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定跡駒組櫓

▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲3六歩 △5二金右 ▲2五歩 △3三銀
▲6八玉 △4二玉 ▲7八玉 △3二玉 ▲6八銀 △4三金
▲7七銀 △3一角 ▲5八金右 △6二銀 ▲6六歩 △8四歩
▲6七金 △7四歩 ▲7九角 △7三銀 ▲8八玉 △8五歩
▲7八金 △2二玉 ▲3七銀 △3二金 ▲1六歩 △9四歩
▲3五歩
(下図)

櫓は「やぐら」と読む。
説明するまでもなく、矢倉囲いの事である。

この定跡手順は、現在でいう所の「早囲い」をお互いに行ったもの。
ここまで素直に組める手順は、今となっては新鮮だ。
相手の囲いの構築を邪魔するという発想は、まだ無かったのだろう。

また、上図▲3五歩という仕掛けも現在に通ずるものがあり、
江戸の棋客のレベルの高さが窺える。

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定跡駒組宗無流

▲7六歩 △3四歩 ▲7五歩 △8四歩 ▲7八飛 △8五歩
▲4八玉 △6二銀 ▲3八玉 △4二玉 ▲7六飛 △3二玉
▲6六歩 △6四歩 ▲6八銀 △6三銀 ▲5八金左 △5二金右
▲2八玉 △4二銀 ▲3八銀 △9四歩 ▲9六歩 △5四歩
▲6七銀 △5三銀 ▲9七角 △4二金上 ▲7七桂 △1四歩
▲1六歩 △8四飛
(下図)


宗無流、という戦法名は、三好宗無という棋客の名に由来するようだ。
「宗無」は「宗歩」に似ていて、つい「そうむ」と読んでしまいそうだが、
その読みは恐らく「むねなし」が正しい。

先手の陣形を、江戸では石田検校発案の作戦として「石田流」と呼んでいたが、
大坂(大阪)では、三好宗無の名を取って「宗無流」と呼ばれていたのだ。
どちらが先に指し始まったのかは、私には分からない。

よって、今でも「宗無流」と呼ばれていてもおかしくないのだけれど、
将棋家元がいた江戸での名称、「石田流」が一般化したのかもしれない。

ともあれ、上図まで進めば先手十分と見る方が多いだろう。

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定跡駒組左四間

▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲7八銀 △6二銀
▲7七角 △5四歩 ▲5六歩 △7四歩 ▲6八飛 △5三銀
▲4八玉 △4二玉 ▲3八玉 △3二玉 ▲4八銀 △5二金右
▲2八玉 △8五歩 ▲3八金 △9四歩 ▲9六歩 △1四歩
▲1六歩 △8四飛 ▲6五歩 △7三桂 ▲5七銀 △4四歩
▲4六歩 △4二銀上 ▲5八金 △4三銀 ▲3六歩 △3三角
▲4七金左 △2四歩 ▲2六歩 △7五歩
(下図)


原本の棋譜が荒れているので、
記されている図面を頼りに手順を推測した。
左四間というネーミングが今は目新しい。

▲6五歩に対し△7三桂と跳ねたのが、現代にも通ずる感覚。
▲7八銀を縛り付ける効果がある。

上図からは▲同 歩と応じるくらいだが、
△6四歩▲同 歩△同 銀と指されて先手が息苦しい。
そこで▲4八銀と引いておいて勝負だが、先手が少し悪いと思う。

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定跡駒組向四間
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲4六歩 △3三角 ▲4七銀 △5四歩 ▲3六歩 △4二飛
▲5六銀 △4三銀 ▲5八金右 △6二玉 ▲6八玉 △7二玉
▲7八玉 △6二銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩
▲4八飛 △5三銀 ▲3七桂 △5二金左 ▲2五桂 △2二角
▲4五歩 △5五歩
(下図)


「向四間」という名前は、
四間飛車 対 右四間飛車の事を言うのだろう。

昔は2筋に飛車がいる事を「向かい飛車」と呼んだのではなく、
飛車を向かい合せにする事自体に「向」の字をあてたという事か?
であれば、相振り飛車の向かい飛車は何と呼ぶのだろう?

図の△5五歩は技を使ったもの。単に△2四歩は▲4四歩でうるさい。
▲同 銀なら△4五歩、▲同 角には△2四歩でどうだろうか。
先手を持って攻めきる自信はあまりない。

そもそも、後手の勢力が強い4筋をこじ開ける攻めは、
あまり筋が良いとは思えない。左美濃や穴熊が優ると思う。

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以上が、将棊図彙考鑑の教える定跡である。

次回は実戦編を執筆予定ですが、
あまりにも棋譜が大量にあるので、全てを並べるのは気が遠くなる。
とは言え、名人の棋譜だけ並べるのは当時を知った事にならない気もする。

さぁ、どうしようか・・・有名な名前を見つけられれば良いけれど。

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