伝統と革新の「ノーマル振り飛車」 | 将棋大好き雁木師の新将棋文化創造研究所

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「将棋大好き雁木師の将棋本探究」をリニューアルしたブログです。
主に将棋に関する詩などの作品紹介と、自分の将棋の近況報告を行います。

読者の皆様こんばんは。雁木師でございます。今日は書籍のご紹介をしたいと思います。今日紹介するのは、「ノーマル振り飛車」に関する書籍です。

「マイナビ将棋BOOKS

1冊でわかる

ノーマル振り飛車

基礎から流行形まで

でございます。

著者は宮本広志(みやもと・ひろし)五段。マイナビ出版より9月に発売されました。ここで著者の宮本五段についてご紹介します。宮本五段は2014年に四段昇段。以前「リボーンの棋士⑥」の記事でも触れましたが、奨励会を「勝ち越し延長規定」で生き延びて28歳での四段昇段でした。

振り飛車党の棋士でこれまで出された書籍も「ゴキゲン中飛車で勝つための7つの鉄則と16の心得」「わかる! 勝てる‼ 石田流」(いずれもマイナビ出版)など、振り飛車に関する著書です。

主な実績は三段時代に参加した第1期加古川青流戦で準優勝。五段昇段は第74期順位戦C級1組への昇級を決めての昇段でした。現在は竜王戦は6組、順位戦はC級1組に在籍されています。

今年の9月1日に、一般の女性の方との結婚を発表されました。遅くなりましたが、おめでとうございます。

 

 

書籍の内容に入る前に、そもそも「ノーマル振り飛車」とは?からお話します。私の実戦例から見ていきます。

今月の24の実戦例から。私は居飛車党の人間なので振り飛車は受けて立つことが多いですが、こういった局面を見ることも多いです。さて、相手の布陣にご注目下さい。相手の布陣が「ノーマル振り飛車」です。

ただの四間飛車じゃないか‼

と思われた方も多いと思います。今回この書籍の記事を紹介するにあたり、記憶たどりと本書を読了したところ、ノーマル振り飛車は角道を止めた振り飛車全般の総称であることが分かりました。では、どうして角道を止めた振り飛車が「ノーマル振り飛車」と呼ばれるようになったのでしょうか。

以前の振り飛車は、前図の形が基本とされてきました。前図の後手番が左に飛車を囲い、玉を右に移動して美濃囲いを完成させるというのが振り飛車の古くからのベースです。

そんな振り飛車に天敵が立ちはだかります。それは「イビアナ」こと居飛車穴熊。以前「三間飛車藤井システム」の書籍紹介でも触れましたが、田中寅彦九段が立て続けに採用されたことでブームが拡大。プロアマ問わず大流行を呼び、振り飛車党は苦戦を強いられます。

1990年代の後半に登場した「藤井システム」は当時の振り飛車に革命を巻き起こし、今度は居飛穴が苦戦を強いられる事態に。居飛車党も様々な策を考えましたが、その中のひとつに「穴熊とみせかけて急戦」という作戦でした。いわゆる「穴熊放棄」と呼ばれる作戦です。この作戦が転機となり、藤井システムは採用数を落とすことになります。

 

これで居飛穴党は一安心かと思いきや、今度は振り飛車の根底を覆す戦法がブームを巻き起こします。それが「ゴキゲン中飛車」です。

 

ゴキゲン中飛車が「振り飛車の根底を覆した」という表現にした理由は、この図の相手の布陣にある通り角道が開いている状態で飛車を振っていることにあります。これは将棋の格言のひとつ、「振り飛車には角交換」に振り飛車側から踏み込んでいることでもあります。そもそも、「振り飛車には角交換」は対急戦に通用する格言なのですが、対穴熊となるとこの格言が通じない局面も出てきたのです。穴熊を組まれる前に、振り飛車側から積極的に動くことで駒組みを封じて勝つというスタイルが登場しました。

 

しかし、どうして昭和の時代にゴキゲン中飛車は流行しなかったのか?私の記憶が正しければの話ですが、今から10年ほど前に先崎学九段がNHKの将棋講座にて「現代将棋」というお題でゴキゲン中飛車を取り上げた際にNHKテキストにこんな言葉を残していたと記憶しています。

「大山先生の

大山康晴十五世名人は振り飛車党の大棋士(居飛車の強さも群を抜いていたとか)として知られています。大山将棋の振り飛車は、相手の攻めを受け止める将棋と語り継がれています。私は大山十五世名人の棋譜を全部見たわけではなく、あくまで先崎九段の講座の文章を思い出して書いている中でこの言葉にたどり着いたのですが…。

「功罪」の言葉の意味はここからは私なりの解釈です。昔の振り飛車は大山先生が「こう指すもの」というわけで角道を止めた振り飛車を「振り飛車の基本」として手本を示した。これが「功」ならば、角道を止めた振り飛車が「振り飛車の基本」。ゆえに「振り飛車=受け」の印象を与えてしまい、角道を開ける振り飛車の開拓への道が平成の中期に至るまで長きにわたり模索されてこなかった。これが「罪」でしょうか。

 

ゴキゲン中飛車の登場は、振り飛車全体の革命に大きく影響。振り飛車から角交換の筋に踏み込む「角交換振り飛車」や三間飛車の中で奇襲戦法扱いされてきた「石田流早石田」の復活へとつながっていきます。その観点からすれば、ゴキゲン中飛車で升田幸三賞を受賞し、将棋大賞の連勝賞も受賞されたこの戦法の創始者である近藤正和六段は、現代振り飛車革命の基礎を築いた方の1人として評価されるべきなのかもしれません。

こうした角道を開けた振り飛車(wikipediaでは「オープン振り飛車」と表記されているようです)の台頭があってこそ、角道を止める従来の振り飛車が「ノーマル振り飛車」と呼ばれている所以です。

 

現在の振り飛車はどうなのかというと、「オープン振り飛車」もゴキゲン中飛車に対する「超速」など対策が確立されてやや勢いが落ち、再び本書で紹介する「ノーマル振り飛車」が見直されてきたというところでしょうか。その「ノーマル振り飛車」も変化を遂げていて、美濃囲い一辺倒からの脱却が模索されているところです。

その一方で、居飛車側の対抗策も変化を遂げています。穴熊を基軸として考えられていた作戦が練り直され、急戦と持久戦の両狙いの模索、ソフト発の囲いの誕生など対抗形の戦いは新しい時代を迎えています。

 

 

さて、「ノーマル振り飛車」の名前の由来はここまでにして本書の内容に話を移ります。本書は「ノーマル振り飛車」と呼ばれる角道を止めた振り飛車でどう居飛車に立ち向かうかを解説した書籍で、全部で5章構成です。各章の流れを見ていきます。

第1章:「ノーマル振り飛車の基本」…「ノーマル振り飛車」でどう戦うべきかを4つの節に分けての解説です。内容は、振り飛車美濃囲いの急所、様々な居飛車の囲い、玉を寄せる仕組み、仕掛けへの対抗とどれも振り飛車を指しこなすうえで欠かせない基本を丁寧に解説されています。55ページほど割かれています。

第2章:「向かい飛車」…向かい飛車で居飛車にどう立ち向かうかを解説した内容です。居飛車が急戦を狙ってきたときと、持久戦志向に向かったときに分けての解説です。約30ページほど割かれています。

第3章:「三間飛車」…三間飛車で居飛車にどう立ち向かうかの解説です。持久戦は対穴熊、対左美濃。急戦は☗3六歩からの急戦とエルモ囲い対策の解説で、約55ページほど割かれています。

第4章:「四間飛車」…四間飛車で居飛車にどう立ち向かうかの解説です。持久戦で対穴熊、対トーチカ、対銀冠穴熊。急戦は対エルモ囲い、再び持久戦で☗4六銀型からの持久戦の解説です。本書で最も長い約85ページにわたっての解説です。

第5章:「中飛車」…角道を止めた中飛車で居飛車にどう立ち向かうかの解説です。穴熊との攻防に絞って解説されており、本書で最も短い20ページにわたる解説です。

合間にはコラムとして、オンライン、テニス、有段者になるためになど様々なテーマでコラムを書かれています。

 

特徴としては、本書で紹介されている「ノーマル振り飛車」はすべて後手番で表記されています。これは、「ノーマル振り飛車」のベースが受けて立つ将棋ゆえに後手番表記が分かりやすいというところでしょうか。結果図は振り飛車側が悪くない変化が多いです。

第2章~第5章の章立ての構成は、まず冒頭でポイントとなる局面を紹介。そして細かい棋譜を解説、解説の最後に「まとめ」としてポイントをおさらいという構成が基本です。特に第3章の三間飛車、第4章の四間飛車は居飛車の戦型毎に、解説とまとめを繰り返しています。

分岐の変化は居飛車の戦型にもよりけりですがそれほど多くはありません。居飛車の対応の変化を軸にした分岐が多いです。

 

実際に盤に並べてやってみたのですが…。振り飛車有利になることは著者の性質、見解上どうしても否めないのです。イメージとしては藤井システムのようないきなり倒すという感覚ではなく、相手の土俵に持ち込んで戦うスタイルを感じました。それが象徴されるのが四間飛車の章における穴熊対策です。藤井システムは穴熊を許さず倒すというものですが、今回紹介する四間飛車はあえて穴熊に組ませて勝つというスタイルです。角道を止めた振り飛車でも、構想次第で穴熊に勝てることが分かりました。

穴熊対策に「革新」を見ましたが、「伝統」が垣間見える部分もありました。それを象徴するのが中飛車の章です。今でこそゴキゲン中飛車が主流と呼ばれる時代ですが、私の実戦譜ではたまにではあるものの、角道を止めた中飛車も出てきます。「受け将棋」ならではの戦い方ですがとても面白い構想だと感じます。以前何かのCMで「復活と言っても知らない人には新しい味」というフレーズがあったような気がします。おそらく昔の戦法も知らない人には新しい戦法に見えるかもしれないですね。

全体の印象としては振り飛車の骨子は昔に回帰しているものの、手順や思考は全く別物になっていることを感じました。居飛車党としては甘く見ていると痛い目に遭う感覚を覚えます。

 

 

本書は角道を止めた振り飛車を指してみたい方にはおススメの一冊です。振り飛車党の方は必携の一冊と言えるかと思います。今までゴキゲン中飛車など角道を開けた振り飛車に馴染みのある方でも基本的な考え方が学べる一冊です。

居飛車党の方にも、新しい振り飛車の対策として、昔ながらの戦法の対策のおさらいとしても読んでて損はない一冊かと思います。ぜひ、「ノーマル振り飛車」の戦いを本書を通して学び、楽しんでいただければと思います。

 

 

この書籍を読んで、将棋が好きになった、将棋が強くなったというお声をいただければこれほど嬉しいことはありません。読者の皆様が将棋本を読んで将棋が好きになる、将棋の力が強くなることを祈念いたします。なお、次回の書籍紹介は12/18(金)を予定しています。

 

今日はここまでとさせていただきます。本日も長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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