とある掲示板で、「人参食えるように細かく刻んでハンバーグまぜたろ!」息子「…パパさぁ」→結果www」っていうのがあって、そこに続く子どもの言い分が「それは人参と認識してないから食べられるだけであって人参を克服してることにならないよね?人参の栄養を取らせるだけならサプリでいいしなんの意味があるの?」ってのがあった。ま、きっと大人の創作だろうけど、掲示板全員納得、言い返せないでいた。
 ってか、子どもの言い分は、全然詭弁でしょ。筆者は、まずそう思えた。具体的には、子どもが認識していなくても、食べた物は厳然として人参なのだから、あとは「食べられた」と認識するだけ。成功体験を、何でなかった事に、別の事に置き換えて認識しようとするのか、それはへそ曲がりだよ?論理のすり替えだよ?って、説得できるでしょ?
 人参が食べられる意味だって、人参が入っている料理はたくさんあるのだから、いちいち人参を避けて食べるなんて不便だし、人参でしか摂取できない栄養なんてないけど、栄養だけを言うなら、もう食事はサプリ摂取だけにしな?お菓子もジュースもスイーツも、食べるの止めな?成分摂取だけで構わないんでしょ?って、説得するね。
 もし子どもの言い分が「騙して食べさせるなんて酷い!」であったなら、騙した事は謝る。でも、教育方針の話なので、人参が食べられる子ども自身の将来に待つ有用性について説明し、「実際、何の嫌な思いをする事なく食べたれたのだから、許してよ。こういう、いわゆる“優しい嘘”ってのは、一般的に許されがちだし、ね?」って話をしたかな。
 口賢しい子どもは、いたりする。でも、その頭の良さを、大人への反抗心に使うのでなく、状況の理解、有用性への転換に向けた方が建設的だよ・・・と、説得したい。誤魔化しであったって、損失が発生・拡大するでなく、それで気持ちが晴れるなら、使い方次第でしょ・・・と説得したい。
 そんな感じで、子育てを考えていたら、今日は寝るのが遅くなってしまうかもしれないのだ。

 

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