次のとびらをあけるために
ここのとびらを しめてきました。
愛着たっぷりの このあったかい場所がだいすきだったから
入り口には オリーブのリースを残してきました。
ここから しあわせがはいってくるからね。
ここのとびらを しめてきました。
愛着たっぷりの このあったかい場所がだいすきだったから
入り口には オリーブのリースを残してきました。
ここから しあわせがはいってくるからね。
ほかはもう なんにもないよ。
植木鉢ひとつも おわりましたの貼り紙もないよ。
並びの店舗さんのところに挨拶に行って ガスを止めて ブレーカーをおろして
荷物をぜんぶつみこんで
不動産屋さんに 確認してもらって
それから さいごの戸締りをして 鍵を返したよ。
ジブンタチふたりで出来る範囲で ここをちゃあんと納めたかったら
とってもつかれたけれど とっても満足。
しずかに とびらをしめることができました♪
そんな一連のながれも なんだか滞りなくさらりと流れて
ふしぎなくらい 感情の高ぶりもないよ。
ここをはじめるとき ここをやってたとき
あんなに いろんなことがあって
壁や崖や 針の山や血の池熱湯風呂や 大波小波を乗り越えなくちゃならなくて
歯を食いしばって 拳をにぎりしめて
目も耳も肌も すべてを感じとろうとして 息を殺していたのに。
ここのとびらを開けた時は もう うれしくって無我夢中で どんなだったか覚えてないけど。
ワタシタチが とびらを閉めた理由は
世の中(景気)がどうのこうのとか もうやっていけないとか
どうしたってお客さんが入らないとか
あるいは ジブンたちが病気で続けられないとか
また 反対に
もっと大規模展開したいからとか すごく儲かったからもう働かないとか
ちがう事業をはじめるとか すごいオファーがきてるとか
なんだか 普通の人が考えて噂してるのとは まったくちがうんだけどなぁ。
あはははは
なかなか つうじないんだよなぁ。
ま、 いいんだけどね わかりっこないかもしれないから。
期限を決めて それを目標に頑張るってのは
さいごにいい感じになって あーおもしろかったなぁって終われるように
まいにちを積み上げていくことで
それって 人生とおんなじだとおもってる。
いきてるから かならず 死んじゃう。
死んじゃうことが決まってるってことは これは 期限だよねぇ。
その限られた時間を どんなふうに使っていくかは
それぞれ自分自身の考え(選択)でしかないよねぇ。
おしまいになって たとえ間に合わなくたって 期限はたんたんと流れてくる。
どんなおしまいをむかえたいか
だから どんな毎日を送りたいか
そしたら きょう どうするか
そんなこと ふたりでしょっちゅう話ながら いきてるんだよ
あはははは。
ワタシタチが とびらを閉めたのは
ここにいる時間がおわったから。
時間がきたから。
ただ それだけ。
ここでの時間を おもいっきりできた(創造も破壊も 出会いも別れもふれあいも)ことが
ワタシタチの血となり肉となってるのを かんじているよ。
さあて。
こ~んないい感じのとこで「はい さようなら!!」ならよかったんだけど
ざんねんながら まだ ワタシタチのジンセイは終わらない。
ワタシタチは ワタシタチの身の程にあったとびらを
また 探さないとね。





