あした5/22(日)この映画が 北杜市でも上映されます
セキさんや森カフェさんたちによる <
ミツバチの羽音と地球の回転@長坂>
オフィシャルサイトはコチラ
5/22(日) 長坂コミュニティホール
13:00 ・ 16:00 ・ 19:00 3回上映
前売り券 ¥1000- (当日券 ¥1200-)
高校生・70歳以上 ¥700-
おあずかりしているチラシの文章も
ぜひ よんでもらいたいなとおもったので、転載させていただきます
今度こそ変わらなければ
原発がなくても生きていけるという自立と誇りに満ちた
おばあちゃんたちの笑顔に応えるためにも、、、
祝島のおばあちゃんたちの姿に涙が止まらなくなった理由
私の故郷は原発の町です。原発ができるまではたぶん、湖と見まがう穏やかな湾に美しい松原が映える港町だったのだろうとおもうのです。 物心ついたときにはもう、原発は町の前提条件としてそこに存在していたので、原発のない故郷を想像することすら私にはできません。
美しい湾を囲む半島の先には、戦車が通れるほど広大な道路と異様なほど人間の臭いがしない建物群があり、そこを訪れる少学生たちには原子力と明るい未来が約束されること、毎年お盆に開催される盛大な花火大会の仕掛け花火に「もんじゅ」「ふげん」という巨大な文字が浮かび上がること、人口数万の町には不似合いな能楽堂やホールが目立つこと。 そういう不自然でいびつな町のあり様に気がついたのは、町を離れて長い年月が経ってからのことでした。
原発というものがまったく理にかなわぬものであることや、実は人類が手を出すべきではなかったと言えるほど制御不能なものであることを知るようになっても、両親や弟家族が住む故郷の町の近隣に十何基ものそれが林立しているという事実は、どこか現実味がないというか、できれば忘れてしまいたいことであったような気がします。
この映画を見て、電力会社や公権力を前にして一歩も引かない祝島のおばあちゃんたちの姿に、どうしても涙が止まらなくなったとき、自分が実はとてもとても悔しかったんだということにやっと気がつきました。
このひとたちが命がけで守ろうとしているものが、私の故郷にもかつてあったはずなのに、自分がそれを知らないということ。 原発に依存することで失われてしまったものを、私の故郷はおそらく二度と取り戻すことができないということ。 そういうことがただただ悔しい。
もしも地震がずれていたら、、、風だけが通り過ぎるあの無人の街は、私の故郷だったかもしれない
もしも原発がなかったら、、、私の故郷にも別の未来があったかもしれない
そんなことを思いながら見上げるおばあちゃんたちの笑顔はまぶしくて、やっぱり涙にかすんでしまうのでした。
(M.SEKI)
できるだけたくさんの人に見てもらいたい映画です
セキさんや森カフェさんたちによる <
ミツバチの羽音と地球の回転@長坂>オフィシャルサイトはコチラ
5/22(日) 長坂コミュニティホール
13:00 ・ 16:00 ・ 19:00 3回上映
前売り券 ¥1000- (当日券 ¥1200-)
高校生・70歳以上 ¥700-
おあずかりしているチラシの文章も
ぜひ よんでもらいたいなとおもったので、転載させていただきます
今度こそ変わらなければ
原発がなくても生きていけるという自立と誇りに満ちた
おばあちゃんたちの笑顔に応えるためにも、、、
祝島のおばあちゃんたちの姿に涙が止まらなくなった理由
私の故郷は原発の町です。原発ができるまではたぶん、湖と見まがう穏やかな湾に美しい松原が映える港町だったのだろうとおもうのです。 物心ついたときにはもう、原発は町の前提条件としてそこに存在していたので、原発のない故郷を想像することすら私にはできません。
美しい湾を囲む半島の先には、戦車が通れるほど広大な道路と異様なほど人間の臭いがしない建物群があり、そこを訪れる少学生たちには原子力と明るい未来が約束されること、毎年お盆に開催される盛大な花火大会の仕掛け花火に「もんじゅ」「ふげん」という巨大な文字が浮かび上がること、人口数万の町には不似合いな能楽堂やホールが目立つこと。 そういう不自然でいびつな町のあり様に気がついたのは、町を離れて長い年月が経ってからのことでした。
原発というものがまったく理にかなわぬものであることや、実は人類が手を出すべきではなかったと言えるほど制御不能なものであることを知るようになっても、両親や弟家族が住む故郷の町の近隣に十何基ものそれが林立しているという事実は、どこか現実味がないというか、できれば忘れてしまいたいことであったような気がします。
この映画を見て、電力会社や公権力を前にして一歩も引かない祝島のおばあちゃんたちの姿に、どうしても涙が止まらなくなったとき、自分が実はとてもとても悔しかったんだということにやっと気がつきました。
このひとたちが命がけで守ろうとしているものが、私の故郷にもかつてあったはずなのに、自分がそれを知らないということ。 原発に依存することで失われてしまったものを、私の故郷はおそらく二度と取り戻すことができないということ。 そういうことがただただ悔しい。
もしも地震がずれていたら、、、風だけが通り過ぎるあの無人の街は、私の故郷だったかもしれない
もしも原発がなかったら、、、私の故郷にも別の未来があったかもしれない
そんなことを思いながら見上げるおばあちゃんたちの笑顔はまぶしくて、やっぱり涙にかすんでしまうのでした。
(M.SEKI)
できるだけたくさんの人に見てもらいたい映画です
