選択は願望の充足とは異なるという
PHP7月号掲載文章のなかにそんなような言葉があった
選択とは「思量する」ことで願望とは異なる
アリストテレスの二コマコス倫理学が元らしい
意思決定支援という言葉
就労選択支援というものにも
当事者の意思を尊重するということが含まれている
意志を尊重することと
願望をそのまま尊重することとは違うことに思い当たる
やりたいことを可能にできるかどうか
意思の尊重には十分な判断材料としての情報の入手や提供されることが必要となる
当人が情報をどう扱うか
選択肢を比較考量する
その上の判断選択を尊重するということである
判断選択は自己責任であるとこどもは教育の中で教えられる
でも
判断選択する自己を形成できるのは人の中で過ごす人である
我々思うゆえに我ありというったのは社会学者だったか
所有が人の自我を成長させるといったのはヘーゲルだったか
情報の入手や整理が難しい障害、
判断に時間がかかったり
多くの物事を処理したりするには難しい障害を持つ人
感情を優先選択してたびたび自己責任を問われてしまう人
選択肢のない環境や支援者におけるその提供の怠り
意思決定支援は単なる当人の判断意志の尊重でなく
そこで生きていくためによりベストな選択が
当人自身が支援を受けてできることを含むんじゃないか
多くの支援がいることも障碍者の自立であるといったのは
誰だったか
そんなことを今月考え思って過ごしている