日本社会精神医学会の雑誌をみていたらその学会が津久井やまゆり園の殺傷事件に関し学会声明としていくつかの提言をしていたのをみつけた。強度行動障害の存在と対応、その支援者への支援の重要性について言及している。

 

 病地の学会総会での交流会は、大阪新地のクリニック放火事件と、京アニの事件について、地元関係者の話題提供があった。

 大阪の就労支援のプログラムを行っていたクリニックでは関係者の死亡とともに法的責任からの追及などがなされない状態であるという。行為の実施者、医療提供者、防火体制の真相究明の場や責任者がいない。個人の情報保護があり、何を論じても推測や憶測になってしまうような死者に鞭打つような感じも漂う。

 

 事後処理として通院者の行き先や、ケアが行われているのかもしれないが、関係者の死者も多く、まだ1年たってないことであり、ビルは閉鎖されたままであるという。話題にしにくいことを話題にするシンポジストの報告分析は、私にはある程度、腑に落ちるような部分もあり、このまま忘れられていく事件なのかというような感じもした。

 

 京都アニメーションの事件の現場は有名どころと化し、静かな住宅街その周囲の住民への対応が行政(保健師)で行われているという。

 

 影響として遠く離れたクリニックのデイケアでは荷物検査が行われるようになったという。

 

 影響は随所にあるのかもしれない。真相究明のための真実を知るための報道取材や調査研究はどこまでに踏み込み、誰に対して何を明らかにするのか問われるような気がする。しかしそれは個人の日々の日常で他人との付き合い方とも似ているような気がする。そんな思いをした。