始めて戦争を意識したのは、本からだったように思う。

小学生の時に学校の図書でサイパン島の玉砕で生き残った看護学徒の女性が戦後遺骨収集をしてきて、当時の体験とその後を描いた本からだった。書名は忘れてしまった。しかし、傷病人の傷口に蛆がわくことを知る。生き残って働きながら、時に米兵や周囲に怪しまれながら山中に遺骨を探し弔おうとするというところが強く心に残る。

 

 昭和9年生まれの父は疎開先の親戚、群馬で東京からきたことでのいじめがあったこと、昭和12年生まれの母は北海道の東の果て方面の地で育ち、戦争による生活の変化を経験していない。親戚などから体験を聞く機会がなかった。

 

 私は本や映像で知識を得ている。「障害者たちの太平洋戦争」「アウシュビッツのお針子」を今夏は読んでいる。

 

「障害者たちの太平洋戦争」は「狩りたてる、切りすてる、つくりだす」という副題がついている。徴兵検査という能力選別と分けられる片方の切りすて、本来受ける必要のなかった傷害による障害の発生の問題が挙がる。主張ができる人や記録から本が構成されている。知らなかったこと、学びも多い。しかし、家族や支援者がおらず、主張や意見が周囲に伝わりにくい障害や隠される障害、精神障害には触れられていないことに、寂しさや世の理の厳しさを思ってしまう。

 

 精神科医療の歴史をまとめた岡田先生の本等には戦前の思想統制による拘禁や投獄中の体験による障害や戦時中の精神科病院の窮状や、傷痍軍人のうちメンタルヘルス関係の障害への言及がある。精神科病院に入れられた知的障碍者や断種手術やうまくいかなっかった治療の結果、人権侵害については闇に置かれがちである。二つの精神科病院で作業療法を改革し、退院支援のシステムに変えた身としては当事者としての関係者が「私たちは社会のために特別な彼らを保護しているのです」というようなこともあった。父権主義のリーダーの元に組織的に行われることは、ナチスや支持市民が当時の科学の名のもとにしたことと変わりがないのではないかと思ってしまうことがある。

 

「アウシュビッツのお針子」はお針子というドレス製作の技術で絶滅収容所と呼ばれるところから生還を果たした女性たちの記録である。複雑な人間模様や背景がある。少しづつ読み進めている。

その調査研究者が唯一生き残っていたお針子から、「ちゃんと聴いて」「10年前に来てくれたなら、もっといろんな話ができた」と言われていた。そしてその人は2021年に亡くなってしまったという。

 

現在進行形の国家間の問題も並行しているが、8月は戦争関連の特集報道が多い。広島長崎の体験者の語り部が少なくなってきていることで今後どう語り継ぎ、知恵を生み出すか。ミュージアム、活動団体が悩んでいるという報道がより強く感じられるようになった。