震災から1か月半たって あの時自分はどうしていたのだろうと思う。
あまり思い出せない。
思い出しておいたほうがよいのだろうか。
ちょうどその3日ぐらい前にガソリンを入れお金をおろし、アロマポット用にろうそくを買っていた。
研究室で少し本が崩れたが、病院デイケア外来患者さんが帰宅できずにいたので付き添い、外来患者さんの携帯テレビで津波などの報を耳にして ご家族迎えの人の帰宅を見届ける。学校の被害はあるが、一応確認して鍵を閉め、近くの病院の様子をお伺いに行き、夕方、信号がつかない道を 車でもどると 家の周りは でこぼこに アパートの向かいの角が著しくへこみ穴が開いている。液状化らしい。 家の中ではテレビが落ちてケーブルで棚からぶら下がっていたのが最大で 道具箱に穴が開いているくらい、こまごまとしたものは 落ちているが サッシがしまりにくいくらいで、懐中電灯とろうそくを頼りに片づけ、携帯ラジオをつけ、ふとんをかぶって寝る。翌日病院と・大学に寄る。
停電と断水・ガス停止があり 順々に回復。電話・携帯電話は2日目でようやくつながる。学生の安否確認、家族とも話をする。
ためおいていた水、封を切っていない水、食料をもって大学に寝泊まりもできるよう車に積んで過ごす。
1週間目に風呂に入れて 1日はひきこもって寝た。この間 病院・大学学食、レトルトやなにかですませて、大学で なんとなく用をして、テレビをみて、家では刺し子手芸にいそしむ。服を着たまま寝る、雨戸は開けない。
2週間たって スーパー買い物と 土浦に出た。コンビニと学食を利用することが多かった。ここまで大学と病院で過ごすこと多し。夜は人通りがない。店もやってるんだかやらないんだか。
3週間たって 卒業式、や審査会でも うつ気分で、神奈川に常磐線で出かけて帰ってきて
4週間目 1か月たったなあと思って外をあらためてみたら 道の向こう、角の電柱が斜めに。工事手配中と翌日表示がある。 車の車検、次の日水戸・茨城大学に常磐道を使ってお出かけし、この週に外食を久しぶりにしたような。快活クラブでひきこもり5週間目にまた神奈川に出かけて 入学式があって ガイダンスがあって、OT協会のボランティアに登録。学生はおおむね元気でよかった。常磐線は特急運転、本数回復。
授業が始まり弁当作りのためご飯を炊く気になり今 6週目が終わる。近くの風呂屋は休業中。まだ水を車から降ろす気にはなれず。
この間に 父が 要介護1で デイケアに週1回通い始め、はしゃいでいた。
叔母夫婦の具合はわからないまま。私は北海道の親せきに心配されていたようだ。
3/20の同窓会は流れて残念
この間に花壇ではすいせんが終わってクロッカスが咲いて、チューリップが花咲いて
桜が咲いて モクレンレンギョウユキヤナギツツジハナミズキと 色とりどりに。
今年はパンジーではなくペチュニアマリーゴールドが先行して園芸店で売られている
まだアパートの前の電柱は 工事手配中でフェンスにもたれかかったまま。