日本人の記録 角田房子 


昭和40年の本 古本屋で入手

ブラジルの北の方 アマゾン大河の河口の町から奥へ入ったアカラ入植地 での日本人の生き様の記録.


南の入植地域と違って相当な苦労があったと綴られている。

棄民とも言われても仕方ないほど、無計画な事業に 翻弄された人々



丈夫で子沢山、精神的にも強い人が成功しているように思う。

退耕者 離脱者が続出する過酷な環境のなかで、 意思の少ない人は早々に引き上げてしまうという。

ほとんどの人が出稼ぎのつもりで きて  77% が いられず その土地を去ったとのこと、

日本に帰れないが南やほかに移っていく。


離脱する家族は とりあえずの資金を得るために、来年のことなど考えず作付けして売れる米だけをこどもを含めた家族総出で作り、孤立し始め、秋にはいなくなるという。


残った家は 助け合って生きてきたという。

本の中のある家は 母親が 50で急死する。 長男は成人したもののまだそのほかの子供は小さい。

少しはなれたところに夫を亡くして5人の子供をもつ女性が紹介される。一家の主人は再婚し大家族を形成する。

子供がさらに増え、 こしょう(ピメンタ)の 定植がすすみ 生活が安定してくる。 


日系社会の絆は故郷を思いながらもふんばり、ともに苦労して生活をしたというところにあるのだろう。



放送大学では社会学の特論のなかで移民の社会化過程についての講義があった。

今ブラジル日系社会は100周年を迎えるという。

皇太子様が親善訪問に行かれたのだった。