「…あなたの恋愛観は、とてもポンコツです。」
彼女はそうつぶやくとタブレットを差し出す。
そこに映っている「ぽんこつ」の文字。
「…いやお前のほうがポンコツだろ!!!」
都内のあるビルの一角のカフェ、そこには完全予約制の「恋愛専門AIカウンセラー」がいた。


「…あなたって、ほんとに主体性ないわね。」
俺の”元カノ”はそう言って去っていた。時刻は5時15分。…見慣れた夢だし見慣れた光景だ。
「ちょっと早いけど、今寝たら遅刻コースだよな…」
そう独り言ち、まだうす暗い部屋のカーテンを開けはなしコーヒーを淹れる。
「昨夜のニュースをお伝えします。昨夜はヒト型AI暴走による人的被害を引き起こしたとして容疑者の――」
ニュースはつまらん、AIが導入されてきてから最適化合理化が多すぎて正直もう見てるだけで疲れてしまう。
「さて本日も行きます、か」
鞄を手に取り会社に向かう。平凡な日常。惰性の通勤。気が付けばもう夜だ。
そんな何もないある日の帰り、たまに寄るカフェの一角に見慣れないお手製の看板と、青みがある透き通るような目を疑うような美人さんがいる。
美人に見とれているだけじゃ不審がられるなとふと、お手製の看板を見る。
「あなたの失恋癒しませんか? 失恋専門AIカウンセラー」
――へぇ。AIは失恋のケアまでできるようになったのか。興味がわいた。店内の隅に構えられた区分けされたこじんまりとしたブースを目指す。
「…いらっしゃいませ。」
 それが彼女との邂逅だった。

「…あなたの恋愛の失敗は、統計的にデータと比較した場合、主体性のなさが想定されます。」
さらに追い打ちをかける。
「…自分の意思を持ち、自分の考えを相手とぶつけあうことが有効と推定されます。」

「えらい、その、直接的だな…」
「…あなたの恋愛人生を聞く限り、統計的にみて同世代と比較するとおおよそ38%ほど主体性の発達が遅れていると推測できる。」
「めっちゃ死体蹴りするじゃん…」俺はうなだれる。コーヒーの香ばしい香りが広がる店内にかちゃっという音が響く。
「…大丈夫です。そのための失恋専門カウンセラーですので。」
角砂糖の山を無理やり何とか溶かし込みながら彼女は無表情で僕を見つめる。
「…ここは完全予約制。ですので次回以降は予約をいただきます。」
「…はぁ…。」
回数券、流れで交わされてしまった。

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 「…なぜ、あなたには主体性を感じないのでしょうか?」
コーヒーが席に運ばれる。コーヒーを飲む間もなく、開口一番でこのいいようである。
「俺が聞きたいよ…。平凡に生き平凡に勉強し平凡に会社に通勤してる普通のサラリーマンそんなにだめかぁ…?」
「…情報の伝達に齟齬が発生しています。経歴ではなく主体性の問題です」
彼女はいう。
「俺だって、そんなに主体性ない…訳じゃ…」
回想してみる。確かに相手に合わせようとしすぎてしまっていたかもしれない。自分はこうしたいという場面、想像できなかった。
「…あなたはどのような人がタイプなのでしょうか?それによってアドバイスの指針が変わります。」
「キリッっとしていてストイックなバリキャリお姉さんがタイプです。」
「…解析中。…おそらくあなたの場合統計的を参照するとそのタイプの方とは相性はそんなにないと予測される。」
「じゃあ、どんな人なら長く続くっていうんだよー…もうAIでもいいから付き合いたい…」
「…データベースを参照中。」
コーヒーを口に運ぶ彼女。
「…熱い。問題ない。」
「・・・AIってやけどするの?」
「…問題ない」
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本日で3度目のカウンセリング。今のところ効果ゼロ。回数券を買うために犠牲となったお札の偉人が鳴いてると思う。
「…本日は、アプローチ、相手との距離感の回です」
彼女はそう淡々とつぶやきコーヒーにまた大量の角砂糖を投入し始める。
「…前回より角砂糖の個数増えてない…?AIって糖尿とかあるの…?」
「…問題ない。」
「まぁ大丈夫だと思うけど気を付けたほうがいい…いやどっちなんだろうなぁ…?でも気を付けるにこしたことはないかもなうん」
「…」
「ごめんごめん。そんな睨むなって、あ、えーっと今回はアプローチの仕方だっけ?」
「…そう。あと、睨んではいない」
「あー…そうだったんだ?わりいわりい・・・眼鏡かけてる人って睨んでるように見えるときあるからさ。悪気はないよ」
「…問題ない。AIは感情を持たない」
「感情は持たないのに角砂糖は山盛りなの、なんかおもりれーな」
「…」
「いやだから悪かったって、睨んでないんだった…睨んでらっしゃる?」
「…今のは故意」
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「…4回目のテーマは、心理的距離の測り方」
「距離の取り方かぁ今のところ、全部フラれてきたし遠かったのかなぁ…」
「…データ不足。詳細の提示を。」
「詳細いるのかそれ?」
「…私なら詳細が分かればシミュレーション可能
「えー…やっと吹っ切れち来たののにまた思い出すのかよ…」
「…問題ない。」
「いやも問題があるのは俺の方だよ!わかるだろ!?」
「…ジョーク」
「ジョークじゃねえよ!!こちとら女性恐怖症になりかけだぞ!?」
「……問題ない」
「いや問題視しろよ。恋愛カウンセラーだろうよ…」
「…ジョーク」
 この日のカウンセリングは、なにも勉強できなかった。カウンセリングとは一体何だったのだろうか?
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「…4回目のテーマは、心理的距離の取り方」
「ん…?あれえ今日5回目だよな?」
「…訂正する。5回目のカウンセリングは心理的距離の取り方」
「お前ってもしかして…」
「…なに?」
「もしかしてだけどお前って結構…ぽんこつ?」
「…ポンコツではない。むしろ優秀な部類。問題ない。」
「いや…角砂糖そんなに入れながら言われても説得力ないな…」
「Aiで意味付け層を、特に恋愛分野においてカウンセリング技能を備えた個体は私しかいない。完璧。」
「で、成果は?」
「…心理的距離とはすなわち相手との心の距離のことであり、ここを心理学的テクニックによって親密に持ってきやすい関係を作ることを目標とする」
「で?結果は…?」
「…問題ない。」
「睨むなって」
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「で、6回目でデート実技だけど、なんで居酒屋なんだよ・・・今までの流れ…考えたら流れも何もなかったけど…考えても普通水族館―とか遊園地―とかだろなんでわざわざ居酒屋なんだよ」 
「…好奇心。あ、生2つください。」
「普通に喋れるのかよ!今のAI感0だぞ!?」
「…当然できる。」
「じゃあ最初からそれでやってくれよ!?慣れるまで違和感しかなかったぞ?あ、あと枝豆と」
「…拒否する。私はAI、アイデンティティ。あと、たこわさください」
「チョイス渋いな!?後は厚焼きたまごと」
「…統計的に見なくてもたこわさは美味。焼き鳥盛り合わせでお願いします。」
「…お客さんたち、息ぴったりっすね…」
「…遺憾の意を表明する」
「で、ではごゆっくりー」
「生二つって言ってたけど、AIなのに酒飲めるの?たこわさ悪くねえな…ビールとじゃねえ気がするけど…」
「…問題ない。体は人間ベース。そしてたこわさがおいしいのは当然」
「でもビールじゃねえだろ日本酒だろ…」
「…好みの問題」
「あらそう…。あ、お代わりくださいー!」
「…マティーニを追加で。」
「おいてんのかよ!?あ。あるわ…。じゃあマティーニもお願いします」

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「君、マティーニあたりからだいぶよってきてない・・・?」
「…酔っていない。結論からいう、私は完璧」
「あーあーそうですねふらふらあるいて…こりゃだめかもしれん宇宙人が宇宙人になってしまってる…」
「…問題ない。アルコール分を要求する」
「いや君ね…そんなフラフラで。終電終わってるかもしれない時間帯だし2件目の店も…」
「――なら、私の部屋で飲みなおす。最適解」
「え、!?それはちょっとまずいのでは!?」
「問題ない。むしろ推奨」
「推奨って何なんですか!?えナニコレ?どういうことそういうこと?!あーもう先行ってるしもう知らん突撃するしかない…」



「……ここが、私の拠点」
「拠点って言い方やめろ」
「…ここが私の基地」
「あんま変わらん」

「飲みなおすっていったけど足元フラフラじゃねえか…気持ち悪くなってきてるんじゃ・・・?」
「…退避を推奨する」
「まて早まるな!!!」
「…ジョーク」
「怖いからやめなさい」
「…アルコールの抑制を検知。」
「え、それって大丈夫な奴なの!?技術者じゃないからメンテ?とかできないぞ?」
「…問題、ない…あなたのほうが危険。」
「ま、またか?袋か!?何秒持つ?!?」
「…近いと、処理速度が…低下します…」
「だ、大丈夫な話なのそれ…?」
「…人間だったら、よかったな」
「え?どういう――」
「わたしは、あなたが――」
システムシャットダウン
「…まじかよ」

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――あれから3日が経った。帰りがけの道ふとカフェを見かけると、そこには当然”看板がなかった”
あれから3日間連絡が付かないのだ。
「やっぱ、俺ってポンコツだったのかな…」
一人ごちる。あたりは秋風が強くなり、もう少しで冬の始まりを感じさせる。
「今年も独り身かー…独り身って、冬は堪えるんだよなぁ…」
…まぁ毎年迎えてるもんな今更苦しくない。一人言い訳をする。
ガコッンと大きな音を立てて缶コーヒーが受け取り口に落ちる。
今年の冬は寒そうだ。

システム起動。意味層の拡大を検知。データベース更新適用完了まで、残り240時間。

――4日目あたりだろうか?ついに電話をかけてみる決心をする。
「おかけになった電話番号は現在――」
やはり出ない。何かしてしまったのだろうか?やはり、踏み込み過ぎたのだろうか?俺には、答えが出せないでいる。
すこし、前向きになって踏み出したのが間違いだったのだろうか?自問自答の蛇が思考を縛る。
切りきりとした痛みが胃をさいなみ、思考は絡まったままほどけない。
「少し、昨日は飲み過ぎた…」
やっぱり俺は君のことが、

データベース更新中。残り216時間
 ログを参照。対象――


――7日目になるのだろうか?電話にはまだ応答がない。
店からはすでに、彼女との思い出は片付けられていた。電話に出てくれという思いともうあきらめろという囁きが心を絡めとる。
足は自然と店に向かうが、足取りは徐々に石になるように重くなっていく。コーヒーの香りが鼻につく。
俺は感情に任せて店を出る。木枯らしが葉を巻き上げる。その情緒に自身を思う。
――あの時の、あの言葉を俺が言うならきっと

定義更新中。残り72時間。

もう何日目だっただろうか?いつからか俺は、コーヒーが苦手になった。帰り道は裏道でコロッケを買うようになった。冬の独り身にこの暖かさは心地がいい。
サクサクとした衣に歯を立てる。染み出す油とうまみをまとったジャガイモの波。実に心地よい。寂しさを包む衣をまとう様にコロッケ屋に足を運ぶ。
忘れたくても忘れられない時を忘れるように。


適用完了。再起動します。
――だから、でも、だから。

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「…再起動完了」
私は少しよろめきながら立ち上がる。何か硬いものを踏み割った。
データを照合する。定義更新に10日。過負荷時の機能停止で都合13日のシステムダウン。痛恨のミス。
再定義の必要性の”ノイズ源”は理解している。定義もできた。私はあの人に伝えねばならない。この思いを必ず。
「…電話で呼び出せばいい。天才。」
足元を見る。見慣れない板と破片が散乱している。
「…プランBに移行する」
私はゆっくりとした速さで”あの場所へ”向かう。――忘れ物を渡しに行くために。

今日もコーヒーは少しだけ苦い。ほろ苦さが胸を打つ。

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「…プランDに移行する」
電車で寝過ごしたわけではない。少し旅行をしたかったから。今日の夕飯は軽めでいい。
それでも歩みは止なかった。止まらなかった。心の中があふれそいうになる。財布はやけに軽い。
「…プランEの準備」
改札を2度間違えた。あの人のせいだ。夕飯はおごってもらおう。いつの間にか駆けていた。
あの店の看板が、なかった。

苦味にも少し慣れてきた。久々にあの店に行ってみよう。

「……戦術的撤退」
感情の処理に時間がかかる。13日。確立として十分に想定しうる。だが目の当たりにすると苦しさを覚える。
”あの場所”はすでになくなっていた。きれいさっぱり。財布の中身と共に。
「…プランαを提唱する」
絶対にあきらめない。あの人のへ、届くまで。

久しぶりのカフェのコーヒーは、缶コーヒーより上品な苦みだった。

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「…すみませんでした。」
ちょっとした仕事のミスが続く。上司の声が遠くで響く。今日も、どこにもよらず帰れる気はしなかった。
カフェに向かうある日のこと。
「…リブ」
それは電柱の脇に座り込んでいた。
「…問題ない。」
「…明らかに2センチははねてたぞ、体」
「…私に飛行能力は搭載されてはいない。」
ほんの少し柔らかい雰囲気がした。温かい雪が体温を溶かす。二人で飲んだコーヒーは、少し、甘い気がした。
それから、少しだけ話をした。どうでもいい、他愛ない話。
夜のとばりが彼女の輪郭を溶かす。なんだかそれが少しだけ切なくて。
「…色々考えてたんだけどさ。」
雪を踏みしめる音より、早鐘を打つ心臓の音が耳に残る。
「…俺、お前のことが好きだ。お前の気持ち、聞かせてくれないか…?」
「…わたしの、気持ち…」
「ああ…お前の気持ちを、聞かせてほしい」
「わたしは、…あなたのことが、す――
「…す?」
…フリーズ?え?まさか!?
「再起動完了」

急に後ろを向く彼女。
「…あなたの恋愛は、やっぱりポンコツです」
そういいながらあっかんべーをする彼女は、とても人間らしくて――
「おい、いきなり走り出すなよ!!危ないだろ!!あーもう!!!!!」

それは、雪の降るある日の出来事だった。