東京フクロウ12 | 小説のブログ

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柏原玖実といいます

何の誇張でもない。女は本当に天使だ。だってほら、こんなにも女の体は温かい。暖かくて温かくて…体温のそのすべてを預けてくれる。幸せだ。本当に幸せだ。

 

 「看護婦さんだった人?」
 院長室。岩沢は翔の問いかけに頷いた。
「長い事うちの病院にいたんだが結婚して子供二人産んでこの間別れたそうだ。昼間は家を出られないらしくてな。おばあちゃんが夕方からなら子供の面倒見てくれるらしいので夜中の仕事を探してたらしい」
「助かるよ」
 翔は素直な笑顔を見せた。
「一分でも眼を離したくないんだ。特にこの頃は…」
 岩沢は頷いた。
「給料払えるか」
「それ位の額なら。返って安過ぎる位かも、いいの?」
「仕事は夜の数時間だけだしな、その辺が妥当だろう」
 ふと見せた翔の横顔。何も言わない翔の横顔が今のミギコの病状の全てを物語っていた。どんなに説得しても病院には入れず、傍に置いて置きたい。そう頑なに行って来た。翔にも少し疲れが出たかも知れない。本人に言えばきっと怒るだろう。
「綺麗な夕映えだね。こっからはいい景色が見えるんだね。この病院はいい場所にあるんだね。患者さんは幸せだね」
 岩沢はその言葉を聞きながら紫煙をくゆらせた。翔の背中。何もかもを抱え込んでいる背中。泣き言一つ言わないその背中。
「翔」
「先生、」
「え」
「いつもありがとう」
言葉をわざと遮った翔の礼。岩沢は静かに目を閉じた。

 

 その夜、翔とヒロムは公園の芝生に腰掛けていた。翔は鼻に怪我をした女の顛末をヒロムに告げた。夜の新宿を見ながら。

「まあそれ以上の事が無くって良かったよ」

ヒロムが呟く。翔も少し微笑みながら頷いた。そして思っていた。