入社して直ぐに 専務の専属秘書になったから、こんなに長い時間 専務と別々に行動するのは、初めてだった。


秘書課で仕事をしていれば、何かつかめるかもと思っていたが、大きな誤算があった。



飯田さんは 色々な課の出張の手配や接待のセッティングなど、様々な雑務を主な仕事としていた。


その為、私自身も そちらの課まで話をしに行かなければならなくて、なかなかゆっくり秘書課の人間観察が出来ないでいた。



それに、、秘書課は 出入りも激しい。これだけ人の目がある中で、何かしてくることは ないように思えた。



斗真にぃも、、
なぜだか 私の様子を頻繁に見に来ていた。


…大丈夫って 言ってるのに。


朝のロッカーのことも言わずにいた。これ以上心配されて 秘書課に来られたら、相手も警戒するだろうし…





やはり、残業して一人にならないと…




…今夜 専務は 松岡社長と食事。



松岡社長と専務は、非常に仲が良かった。
というより、専務は 年上の方からは可愛がられ、年下の人間からは 尊敬され慕われているような人だけど…


17時に 会っても、、きっと今日中には戻らない。そのホテルに宿泊してくるか、タクシーで深夜に帰宅するか…だろう。


…専務、電話で話さなかったこと、怒ってそうだな、、


でも 私が専務と一緒にいては、犯人は接触してこないだろうし。



今日は 残業しよう…
丁度 引き継ぎの資料も作りたいから。





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16時半過ぎ…


飯田さんが 帰社してきた。


「…ただ今 戻りました。」


「おかえりなさい。」


皆が、口々に言うのを聞きながら飯田さんの隣に行った。


「おかえりなさい。お疲れ様です。専務は… 」


「は、はい。予定通り 松岡社長指定のホテルへお送りいたしました。」


専務といて緊張していたのか、、
なんだか飯田さんの様子がおかしい。


「…大丈夫? 急に 頼んでしまってごめんなさい。でも明日からも 飯田さんにお願いしようと 生田部長と話していたんだけど。」



「…あ、それは その、、はい。…でも、、」



「…どうかしたの?」



「あ、いえ。あの視察のレポートまとめをしたいので、」



「…あ、ごめんなさい。邪魔しちゃって。じゃあ、明日からもよろしくお願いします。」



「…はい。わかりました。」 



…?



何か様子がおかしい気もしたけれど、パソコンを立ち上げた彼女に それ以上話をするのは、躊躇われた。




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17時


直ぐに 帰る方、数名…



18時


社員含め、秘書課には 誰もいなくなった。
営業部長の秘書をしている工藤さんが、部長と出ているらしいが、直帰するとボードに書いてあった。



まだ フロアには 残業している人がいるのだろう。廊下を歩く音や話し声が聞こえてきていた。


そんな音を聞きながら、一人 残業し 資料を作っていく。

こうして 引き継ぎの資料を作成していると、なんだか懐かしい気持ちになってきていた。


まだ 一年経ってもいないのに、、この会社で過ごした時間は なんて濃厚なもの だったのだろう。


前の職場では、経営企画の最前線にいて、企画やプレゼンに追われて とても充実していると思っていたけれど…


専務と一緒に仕事をしていて、私は 本当の意味で、仕事をする楽しさや やりがいを教えてもらった。それは 前の職場での充足感とは違うものだった。


専務が とてもハードに仕事をする人だから、、
フォローするのもハードだったけれど。



専務は …人を大切にする人だった。

相手がどんな立場であろうと、専務は その姿勢を崩さなかった。
そんな専務を 人として尊敬していたし、今まで働いてきて、そんな人に出会ったことがなかった。


専務は 仕事の出来不出来よりも相手の人としての資質に重きを置いているような所がある。

それは 企業の上役として働く者として、どうなのかと思っていたけれど、それが今の専務の地位を築いたのだと、傍で見ていて悟った。



「仕事が出来る出来ないは 重要じゃない。それはオレがフォロー出来るからね。でも フォローしたくなる人間かどうかのほうが、大事だと思わないか? 」


他をフォローしつつ、全てをワンランク上に導いていく指導力。
フォローされていた人間も 専務の熱意で いつの間にか 仕事の出来る人になってしまう。


客観的にみても、凄い人なんだよな…
専務って…





でも…



時々 子供みたいな所もある。



頬膨らませて、駄々こねたり。

短気だから すぐイライラして…
でも、そんな自分にすぐ反省したり。


仕事がおして食事時間が遅れると、クリクリの瞳で、お腹空いた〜って…こっそり私に訴えてきたり。


一番好きなのは、アハハハハ〜って 屈託なく笑って 眉が八の字になるところ。



うーん。
そういえば、どこが ドSなんだろう?


人の噂なんて、当てにならないものだ。






私…//////////

さっきから、、専務のことばかり考えてる…




あ〜もう!
ダメって、思ってるのに!


頭では わかっていても、心が言うことを聞いてくれない。



傍にいれば、惹かれ続けてしまうだけだ…





あっ…


もうすぐ 20時…



いつの間にか、フロアも静かになっていた。



私、一人?


確認するために、外にでる勇気はなかった。



…緊張してきた。


今日、何かしてくるんじゃないかと…思って 
一人で残業していたけれど、、


いざとなると…やはり怖い。



でも相手は 私と同じ女性。
社内で刃物を振り回すわけでもないだろうし…


話せば、、きっと わかる。


大学で心理学を専攻していたから、客観的に論理的に会話をするのは得意だった。


結局は 専務のことを好きで嫌がらせしているのだから、、その気持ちを聞いてあげて、共感してあげる。そうすることで、冷静さを取り戻してくれるはず。


香澄様も そうだったし…



大丈夫。大丈夫…

自分自身にそう言い聞かせる。





ガタッ




廊下で 物音がした。




…気のせい?





はあ〜 
おっせ〜




…え? 溜め息?


というより、今の声は…




ガチャ

「…いつまで待たせれば気がすむんだよ。もう帰るぞ。楠。」



部屋に入って来たのは、、



専務だった…