岡田社長の30周年のパーティー会場で、自社の営業部長とその秘書に会った。互いに軽く挨拶を交わしたが、すぐに別れた。



いつもなら、得意分野の愛想笑いも…
斜め後ろにいる 楠のことばかり 気にかかる。



『オトコの匂いがしない』
『翔さんのこと、意識してるみたい』
『自分のことは 見えなくなるけど、人の事はよくみえる。』


ニノの言葉に 頭の中で一生懸命 反論してた。





海外出張して 一緒にいないから…
オトコの匂いがしないんだろう?



オレを意識してる?
…ありえない。全くそんなこと感じたことない。



自分のことが見えなくなってはいないし、
楠のことも、よくわかってる…つもりだ。




取引先の知り合いと談笑しながら、
少し 頭痛がしてきた。




「…専務、大丈夫ですか? 顔色がよくありませんが…」



楠が 小声で耳打ちしてきた。
なぜ、、わかった?



「…大丈夫だ。お嬢様に 会うまでは 帰れないからな。」



岡田社長の一人娘に、昔からやたら気に入られてた。小さな頃は 可愛かったが、大人になってもその距離感でいる彼女に疲弊していた。

度々 食事にも誘われたが、やんわり断わっていた。だから、今日は 会って行かないと…
機嫌を損ねるのも メンドーだから。



「…いらっしゃいました。」



楠が そう囁き、小さな包をオレに手渡す。



煌びやかなドレスに身を包んだ 美しい令嬢は、皆の注目を浴びることに、悦びをかんじているようだった。


最近 父親である社長の会社で働いているみたいだが…。働いているといっても、お遊びみたいなもんなのだろう。イケメン彼氏 探しでも真剣にしてるんだろうけど…



「櫻井専務〜♡」



オレをみつけ、語尾に ハートをつけながら、
馴れ馴れしく腕を絡めてくる。



いつもなら、、、平然と対応するが…
今日は、やたらとイライラして、、


絡め取られた腕を さりげなく 外した…



「…ご無沙汰しております。お元気でしたか?」



「翔さんが 全然会ってくださらないから、嫌われたのかと、、思っていました。」



腕を外したことに ムッとしたのか、強い口調で非難してくる。


ダメ…だ。
切り替えよう。



「ハハハッ〜何を仰います。仕事で多忙なだけですよ。そういえば、明日は お誕生日でしたよね。一日早いですが…もらっていただけますか?」



楠が 用意してくれたプレゼントを 笑顔で手渡す。日本未発売のブランドの香水らしい。



頬染め 満面の笑みで喜んでる 社長令嬢。
そのブランドが 海外セレブで流行ってるとか、
プレゼント選びが やっぱり翔さんらしくて素敵とか…


オレ 選んでねーし。
楠が お前のミーハーな好みなんか 手に取るように把握してるだけだ。



「気に入っていただけて、よかったです。…では、僕はこれで。…まだ社に仕事を残してきておりますので。」



「…え〜 寂しい〜。今夜が無理なら 明日の夜は? 誕生日、翔さんと過ごしたいです。」



「…申し訳ございません。明日の夜は大事な商談がありまして…。」 



「…翔さん、いつも忙しくて…私 寂しいです。私の為に 時間とってもらえませんか?」



楠がスっと、傍にきた。



「…専務、そろそろ戻りませんと…」



「ああ。わかった。…では、、また お会いしましょう。」



離れようとしたオレの手を…握ってきた。



「…近いうちに。また。…ご連絡しますね。翔さん。」




手を…握り返して 微笑む。


「ええ。わかりました。」




やっと解放され、
岡田社長に挨拶をすませて 駐車場に向かった。
そのまま車に乗る気になれなかった。


…手を、、洗いたくて仕方ない。



「…ちょっと トイレに行ってくる。先に乗っててくれ。」



「はい。では 先に 車に行っていますね。」



トイレには 誰もいなかった。
無心に…手を洗っていた。

なんでだろう…


いつもなら平気なことが…
吐き気が するほど 嫌でたまらない。



どれほどの時間 手を洗っていたのか…



「櫻井専務、いらっしゃいますか…」



と、トイレの外から声が聞こえた。



「ああ。今行く。」



外に出ると、



「…よかった。大丈夫ですか?」



「え?なにが?」



「長い時間 出て来られないので、体調が悪いのかと…」



「…そうか、、心配させたな。。気づかなかった。」



「…いえ。…ただ、やはり 顔色がよくありませんね。車をこちらに回しますね。直ぐに とってきます。」



楠が 車をとりにいこうと 背を向けた…


その背中に…ふらつくフリをして、、
手を伸ばし、、触れた。



「…専務。大丈夫ですか?」



直ぐに こちらを向くと、心配そうな顔でみつめてくる。



「……いや、、頭がクラクラする。」



「…肩を、、失礼します。」



楠が 肩の下に 腕を回し、オレを支えて歩こうとしてきた。



…それに甘えて、、寄りかかり 歩いた。



心が    震えた…



こんなに近くに楠を感じたのは 初めてで。

ドキドキなんて甘いものじゃなくて、
心臓が破裂するかのようにバクバクしていた。


ニノ、、ホントだ。



もう…後戻り出来ない…



楠が   


すき なんだ…





車に着き、後部座席に 座らされる。



そのまま 手を引き、
抱きしめたい衝動に駆られたが…


楠の…左手の薬指に光るものが 目に入り、
寸前で 自分を制した。



楠は 車に乗ると


「…少し 眠ってください。ご自宅に着きましたら 起こしますので。」


そう言って 車を発進させる。



「…楠。」



「…はい。」



「…ニノと随分仲良く話してたけど、、『にのあい』は、気にいったか? …」



「…はい。サンドイッチもラテも美味しかったですし。二宮さんが 菜月さんのことを とても心配してらして、大切にされてるんだな…と、、微笑ましかったです。」



「海外にいるからな。。心配なんだろ。直ぐに会えるわけじゃないし…」




「…そうですね。」




…楠の、、旦那も 海外だった…な。



心なしか 楠が、寂しげに…見えた。
誰を…思い出してる?



それ以上、楠は 何も話さなかった。


『にのあい』のことも。


自分自身のことも。




だからオレも…言えない。


なにも。





この秘めた想いは 
いつか 消え去る時がくるまで

ずっと こうして 
胸を締め付けつづけるんだろうか


報われない想いは
居場所を探して さまよい続ける