僕の吐いた嘘とクズの本懐 | Little Gear Works

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このブログはしがない独身男性の波乱万丈を描いた手記である。

 僕は嘘をついて家を出て行った。嘘とは「仕事に行ってくる」という嘘だ。前々からこのブログでも書いてきたことだけれども、予定では今日(月曜日)から職場に復帰する筈だった。ところが昨日、店長(と思わしき人)から電話があり、シフトの変更があった。というのも、月曜日のお店のシフトだと、店長(と思わしき人)と、トレーナーさんが居ないからだ。それだと僕が心細いのではないかと慮(おもんぱか)ってくれて「初日は火曜日からにしませんか」と提案されたのだ。僕にとっては有難い提案だったので初日は火曜日からにした。つまり明日だ。だから今日、僕は家族に嘘をついて家を出て行ったのだ。どうしてそんな嘘をついたかというと、家に居れば何かしらの手伝いをしなければならない。普段僕が「クエスト」と呼んでいるもの。主に農作業を手伝わされる。僕はそれが嫌だった。嫌だし、億劫だった。なので、「仕事」を口実にして逃げた。バレないように、わざわざ制服に着替えて家を出て行った。予定では午前の9時から午後3時まで働くことになっている。だから僕はその時間、何かで埋めなくてはならない。どこで時間を潰すのかは決めていた。漫画喫茶だ。漫画喫茶で、5時間程時間を潰す。そして午後の3時頃になったらお店を出て、少し遠回りをして帰ってくることにした。

 

 漫画喫茶は沼津市にある。以前僕が利用していた国道沿いのお店だ。そこまで行くのに車で1時間程かかる。僕はいつもそうするように、音楽をかけて、歌ったり、リップロールをしながらお店へ向かった。2年以上も入院していたのでそのお店に行くのも久し振りだ。車を駐車場へ停め、中に入った。お店の中は随分と変わってしまっていた。料金システムも変わったように思える。前は喫煙席があったのだがそれがなくなり、全席禁煙で、「喫煙ルーム」が新しく出来ていた。店員さんはとても分かりにくく料金システムやお店の設備を説明し、無愛想な顔で、事務的に入店の手続きをしてくれた。

 特に読みたい漫画があるわけではなかったけれど、僕は『おやすみプンプン』を読むつもりでいた。浅野いにおさんの作品だ。理由は分からないけれど、『おやすみプンプン』の気分だったのだ。ブースに入り、貴重品だけ持って目的の漫画を探し始めたそのときに、目が止まった。目が止まり、足を止めてしゃがみこむ。そこには『クズの本懐』が置かれていた。横槍メンゴさんの作品だ。ちゃんと「完結」の印を見て僕の目的が変わった。プンプンを諦め、その代わりに『クズの本懐』を読むことにした。『クズの本懐』は僕が入院する前にセブンイレブンで見つけ、その絵とタイトルに引かれ、一巻だけ買って読んだことがある。それが「完結」しているのなら是非読みたいと思った。まずは1巻から3巻までを手に取り、自分のブースへそれを置いた。置いてから、ドリンクバーでアイスコーヒーをグラスに入れ、再びブースに戻る。さて読むかと椅子に座ると、どうにも居心地が悪い。リクライニングチェアなのに、背もたれが倒れなかったのだ。無愛想な店員に、複雑な料金システム、それに座り心地の悪い椅子。これは嘘をついて家を出た僕への天罰なのだろうか。なら仕方がない。そうやって1巻のページを開いて読み始めた。読みながら時々スマホを確認する。LINEが来ていた。僕はそれに返信し、再びページを捲った。漫画を読みながら、時々スマホをチェックする。そうしている間に気がついた。僕は椅子の下を手探りしはじめた。「あった」レバーを手に取り、上に上げるとちゃんと背もたれが倒れた。「なんだ、倒れるじゃないか」僕はほっとし、寛(くつろ)げる姿勢で漫画を読むことに集中した。

 

 1巻分を読むのにそう時間はかからなかった。文字数が少ないせいかもしれない。1巻から3巻まで一気に読んだ。『クズの本懐』はキスシーンや濡れ場が多かった。とても素敵な絵で、煽情的だった。読みながら何度も勃起した。漫画を読んではスマホをチェックし、時々勃起する。そして気が向いたときに煙草を吸いに行った。

 

 「恋愛って何だろう」ふとそう思った。『クズの本懐』は恋愛漫画だ。だけど今の僕は恋愛をしていない。だからなのか、漫画の登場人物に感情移入できなかったし、共感も得られなかった。でも、最後まで読み終わったとき「なんか良かった」と感じられた。絵が素敵だったし、何度も勃起させてくれた。そして全巻読み終わる頃が丁度僕の帰り時間となった。

 

 帰りは来た道とは違う道を選んだ。少し遠回りしたかったのだ。いつもなら海岸線の方を通るのだが、今日は三島市の方へ向かい、道なりに伊豆市へと車を走らせた。もちろん、歌ったり唇をプルプルさせながら帰路についた。

 家に帰るなりおばあちゃんから「どうだった?」と質問された。僕は素知らぬ顔で「フツウ」とだけ答えた。制服から普段着に着替え、浴槽を洗い、洗濯物を畳もうとしているときに電話が鳴った。父からだった。何年ぶりだろう、お父さんからの電話なんて。電話に出てみると、「元気か」と訊かれた。僕は「元気だよ」と答えた。なんていいタイミングで掛けてきたのだろうと思ったらどうやら「お祝い」の電話だった。そこで改めて思い出した。そういえば今日は僕の誕生日だった。37歳になる。忘れていたわけではないけれど、特にこれといってお祝いされなかったので誕生日なんてどうでもいいと思っていた。35歳を過ぎると、なんだか誕生日というものもさして嬉しくもなくなった。もうすぐ40歳になるのかという落胆に近い感情を持ってしまう。いやだねぇ年をとるのは。

 嗚呼(ああ)、恋愛をしたいと僕は思った。『クズの本懐』を読んだ影響だろう。恋愛なんて、しばらくしてない。恋愛に近いことはしているけれど、僕が10代や20代の頃に感じていた心の動きはいまの僕の中にはない。澱(おり)さえ残っていない。無感動で、無感情といってもいいだろう。冷めてしまっているというか、なんというか、、、。

 

 なんだかこのままいくと冗長な文章になりそうなのでここで終わりにする。

 ここまで読んでくれてありがとう。そしてこの年まで生かしてくれてありがとう。

 それではまた。