時間が経ってやっと十二夜のことを多少過去のこととして考えれる
フェステ、道化は色んな縛りというか発注があった中で、カンパニーうんぬんより自分とフェステのバランスを保つのが困難だったなぁと
何を言ってんだと思うかも知れませんが、まぁたまには言わせてあげて下さい
まず、フェステの立ち位置
作演出家としてそこに生きろ
ということ
つまり全てを分かった上での分かってない様な装い、振る舞い
みながそこに生きる中で、
(人間とは常に芝居をして生きてる生物だと俺も思ってるけど)
一人常に場に合わせて芝居をして芝居にみせないって人間を、俺は芝居するっていう
頭じゃ分かっても
言葉にするとスゲぇはてななこと
だから二礼二拍手一礼とか、最後のあいさつとかフェステとしてじゃなくてフェステを演じる陳内将って奴でいる時は担当させてもらって
これが先輩後輩とかつまんねぇもんじゃなくてフェステ役が担当するもんだから余計緊張と、喜びがありましたね
こういう喜劇って作品で一日一日が終わってく中で周りが
終わったー、お疲れーとか陽の空気で会話する間、俺だけ何も残ってないというか何とも言えない感情、無に近い感情に浸って
ずっと陰でしたね
フェステとして何処か冷めた目線を持って感情をあらわにしない人間を生きた証か
いつもの考え過ぎ理屈屋クソ陳内のせいか
俺もずっと冷めてた
思考がね
フェステとして生きる為の表現技法に関しては、もうちょっと冷めろよってくらいずっと熱中して本番中もマチソワ間も常に模索を繰り返しましたが。
こんだけ長々書いて、結果何が言いたいんだってね
すんません分かりません
その時の陳内将はそうやって生きてたらしーよー
って昔話のほんのさわりです
別現場で別の存在として生きてる中で
まだ酸味の強い甘酸っぱい思い出を振り返って走り書きしちゃいました
デカくなりやす
ならね♪