みなさん。こんにちは。いつも僕のブログをご購読頂き有難うございます。
以前、不要なプラスアルファの勉強について書きましたが、『僕にとっては』判例集、条文問題集は全くといっていいほど不要でした。
理由はプラスアルファの問題練習の中で全部その知識が問題文読んで解説読めば記憶まで頭に入るから。これで内容としてはほとんど網羅出来るし。条文、判例のどこがどう問われるかパターンまで含めて。
そもそも個人的には判例集や条文問題集といったツールを行書プロパーで使うのがはっきり言って好きじゃないんですよ。素読みしてるのとコンセプトがほとんど変わってないような気がしてね。穴埋め問題集だとか重要部分が強調されてるからいいって推してる人もいるけど。プラスアルファの問題集をやってその部分を覚えらればそれでも結果は同じことだし。そのまま条文の穴埋めなんて試験に出ないから。
好きな人は使ってくださいね。笑
迷ったら少しはテキストに戻ればいいし。アウトプット重視だから途中からはテキストはほとんど不要です。
上記のように一つのツールから一遍に纏めて得られる情報量が多いほうが効率的だと思ったのです。これで自分の好きなツールを使って結果を出せれば全く問題ないでしょう。
ツールにはそれぞれ役割と目的があるんだ。と主張される方とは上記のようにそもそも考えが違うから別にどうでもいいです。
嫌いなものはやってもしょうがないけど必要なら苦痛に感じないでしかもプラスアルファまで問題練習を通して知識として入ったのは良かったな~と思いました。
纏めて勉強してそれで抜けてる部分があっても結果が良ければそれで良し。結果は模試や本試験の得点のみ。
要するにある程度学習が進んだらアウトプットだのインプットだのいちいち分けてないんですよね。
ただ問題練習は外でやるのが一番解きやすく、頭に知識が入ったという事です。アウトプット=インプット。
ほとんど同じ内容聞かれてるのに、切り口を変えられると論点がぼやけるから同じ問題を繰り返すとか、ツール間の論点の共通性(重複)に気付かない。
試験までの勉強期間が短い場合はそもそも最初からあり得ないですね。
この1年間で記事を書いてるときに気がついたんですけど、結局は国語力を媒介とした概念化技術の要素もあるからしょうがないのかな~と思いました。

にほんブログ村
以前、不要なプラスアルファの勉強について書きましたが、『僕にとっては』判例集、条文問題集は全くといっていいほど不要でした。
理由はプラスアルファの問題練習の中で全部その知識が問題文読んで解説読めば記憶まで頭に入るから。これで内容としてはほとんど網羅出来るし。条文、判例のどこがどう問われるかパターンまで含めて。
そもそも個人的には判例集や条文問題集といったツールを行書プロパーで使うのがはっきり言って好きじゃないんですよ。素読みしてるのとコンセプトがほとんど変わってないような気がしてね。穴埋め問題集だとか重要部分が強調されてるからいいって推してる人もいるけど。プラスアルファの問題集をやってその部分を覚えらればそれでも結果は同じことだし。そのまま条文の穴埋めなんて試験に出ないから。
好きな人は使ってくださいね。笑
迷ったら少しはテキストに戻ればいいし。アウトプット重視だから途中からはテキストはほとんど不要です。
上記のように一つのツールから一遍に纏めて得られる情報量が多いほうが効率的だと思ったのです。これで自分の好きなツールを使って結果を出せれば全く問題ないでしょう。
ツールにはそれぞれ役割と目的があるんだ。と主張される方とは上記のようにそもそも考えが違うから別にどうでもいいです。
嫌いなものはやってもしょうがないけど必要なら苦痛に感じないでしかもプラスアルファまで問題練習を通して知識として入ったのは良かったな~と思いました。
纏めて勉強してそれで抜けてる部分があっても結果が良ければそれで良し。結果は模試や本試験の得点のみ。
要するにある程度学習が進んだらアウトプットだのインプットだのいちいち分けてないんですよね。
ただ問題練習は外でやるのが一番解きやすく、頭に知識が入ったという事です。アウトプット=インプット。
ほとんど同じ内容聞かれてるのに、切り口を変えられると論点がぼやけるから同じ問題を繰り返すとか、ツール間の論点の共通性(重複)に気付かない。
試験までの勉強期間が短い場合はそもそも最初からあり得ないですね。
この1年間で記事を書いてるときに気がついたんですけど、結局は国語力を媒介とした概念化技術の要素もあるからしょうがないのかな~と思いました。
にほんブログ村
