みなさん。こんにちは。いつも僕のブログをご購読頂き有難うございます。
昨日のブログにお便りを頂きました。自分にあったツール選びって本当に大切です。ツールの重要性や共通性に気付けばインプットの為にわざわざ別の同一内容(さらに内容が薄いもの)のまとめ本で勉強をしても意味がないということが解ったということです。
もちろん目先を変えればまとめ本なども刺激になっていいという方もいるかもしれません。それはその人に向いているということです。
しかし不要なものをやらないとはっきり決めることは限られた時間で成果を出す場合に有効です。はっきりすることで新たな時間が産まれるから苦痛でない主体的な楽しい勉強をすることができるから。
不要なインプット教材やまとめに手を出さないのも一つです。同じような内容のものを見て知識を集約させるつもりが実は拡散したりしたら何のために記憶に有効なのかがわからないし、まとめ本の理解の為に市販の基本書や学者本など複数のツールをわざわざ使いわける理由がないからです。
市販の基本書の内容に優先順位をつけられない、頭のなかで纏められない。こういった方が使うのかな?と思うのです。まあ同じ内容なのに何故?と不思議ではありますが、それが人それぞれの認知の仕方や記憶の違いなので合理性だけでは判断できない部分です。
一般知識やらない。過去問繰り返さない。解る部分、試験に出そうにない部分はやらないなど。そうすれば短期間でも学者本で出題予想をしたり、プラスアルファの勉強したり前向きな楽しい勉強ができます。それが試験に必要か?不要か?なんてどうでもいいんです。それで短期合格という目的と合わせて結果も同時に満たせれば。大は小を兼ねるでいいでしょう。
但しこういう事を成果を出してない人が公言すると必ず、足を引っ張ったり、価値観を否定するような方がいる。
そういう価値観を否定したり文句言う奴に限ってそれが実践出来ないんです。出来れば最初からやってるから。もしくは所謂、大人の事情があるから簡単なやり方や期待値を超えるやり方で成功して欲しくない。あるいは成功しても公表して欲しくないなど。妬ましいからそういう態度をとるんです。小さい。笑
理由ですか?合格後に結果見てそれがわかったし、本試験終了後に今年の受験者からそういった趣旨の懺悔のお手紙を頂いているからです。
自分の利害にかかる部分だけは非合理的な部分や非効率な部分が存在しててもその部分や 欠点の指摘は耳をふさいでいて、ひたすら違う価値観の人間に対しては上から目線で評価や批判した挙句に価値規範的な価値観や物の見方を押しつけてくる。
どんなに綺麗事言ってても表層に、出てきてしまうものがあるんですよ。差別化とか理想とは違うもの。
そういうのにお付き合いしたりその上中庸レベルや多年受験のマインドに合わせてると受験生活が長引いてしまうのは事実です。特に短期間で結果を出すときにはそういう問題意識は時間の無駄。やるべき部分やツールに優先順位をつける。
短期合格でも独学でも受験勉強中に法律の勉強や基礎をきちんと身につけることも十分可能だと思うのです。何故それが出来ないと言えるのか?ただの肢別問題集の使い方の多様性に気付かなかったのと同様に個人の思いこみなんじゃないのかな?と思うのです。笑
大体、独学じゃなくても予備校で短期合格してる人間だっているのに講師や受験生に対して失礼な発言してるって気付かないのかな?
なんだかそのバックボーンを知るにつれ短期合格が実は個人的に納得いかないなら何年『団体』を使って勉強すればいいんだよ!!(あなたは満足するんですか?)って突っ込みを入れたくなるんですけどね。
何年も勉強し続けて誰が一番得か?喜ぶか?結局発言者だけなんだよね。
こういう人は、本人は自覚してないかもしれないけどただのドリームキラーとやってること変わらないって。
どうしてそういうことやるのか?だいたいどんな言い訳するかはわかってるけどその真の意図はここでは言わない。笑
行政書士試験は受験者層の振れ幅が広いから①上記のような無意味なツール②変な問題意識や中庸レベルへの迎合
上記のようなネガテイブな要因をシャットアウトするだけでも、大人の楽しい法律の勉強をしながら短期間(この期間の定義は人それぞれ違うと思いますが)合格は可能です。上級レベルの勉強をしながらですよ。
実はツールややり方以上に、頭の使い方の部分やこういったメンタルって大切なのかもしれませんね。

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昨日のブログにお便りを頂きました。自分にあったツール選びって本当に大切です。ツールの重要性や共通性に気付けばインプットの為にわざわざ別の同一内容(さらに内容が薄いもの)のまとめ本で勉強をしても意味がないということが解ったということです。
もちろん目先を変えればまとめ本なども刺激になっていいという方もいるかもしれません。それはその人に向いているということです。
しかし不要なものをやらないとはっきり決めることは限られた時間で成果を出す場合に有効です。はっきりすることで新たな時間が産まれるから苦痛でない主体的な楽しい勉強をすることができるから。
不要なインプット教材やまとめに手を出さないのも一つです。同じような内容のものを見て知識を集約させるつもりが実は拡散したりしたら何のために記憶に有効なのかがわからないし、まとめ本の理解の為に市販の基本書や学者本など複数のツールをわざわざ使いわける理由がないからです。
市販の基本書の内容に優先順位をつけられない、頭のなかで纏められない。こういった方が使うのかな?と思うのです。まあ同じ内容なのに何故?と不思議ではありますが、それが人それぞれの認知の仕方や記憶の違いなので合理性だけでは判断できない部分です。
一般知識やらない。過去問繰り返さない。解る部分、試験に出そうにない部分はやらないなど。そうすれば短期間でも学者本で出題予想をしたり、プラスアルファの勉強したり前向きな楽しい勉強ができます。それが試験に必要か?不要か?なんてどうでもいいんです。それで短期合格という目的と合わせて結果も同時に満たせれば。大は小を兼ねるでいいでしょう。
但しこういう事を成果を出してない人が公言すると必ず、足を引っ張ったり、価値観を否定するような方がいる。
そういう価値観を否定したり文句言う奴に限ってそれが実践出来ないんです。出来れば最初からやってるから。もしくは所謂、大人の事情があるから簡単なやり方や期待値を超えるやり方で成功して欲しくない。あるいは成功しても公表して欲しくないなど。妬ましいからそういう態度をとるんです。小さい。笑
理由ですか?合格後に結果見てそれがわかったし、本試験終了後に今年の受験者からそういった趣旨の懺悔のお手紙を頂いているからです。
自分の利害にかかる部分だけは非合理的な部分や非効率な部分が存在しててもその部分や 欠点の指摘は耳をふさいでいて、ひたすら違う価値観の人間に対しては上から目線で評価や批判した挙句に価値規範的な価値観や物の見方を押しつけてくる。
どんなに綺麗事言ってても表層に、出てきてしまうものがあるんですよ。差別化とか理想とは違うもの。
そういうのにお付き合いしたりその上中庸レベルや多年受験のマインドに合わせてると受験生活が長引いてしまうのは事実です。特に短期間で結果を出すときにはそういう問題意識は時間の無駄。やるべき部分やツールに優先順位をつける。
短期合格でも独学でも受験勉強中に法律の勉強や基礎をきちんと身につけることも十分可能だと思うのです。何故それが出来ないと言えるのか?ただの肢別問題集の使い方の多様性に気付かなかったのと同様に個人の思いこみなんじゃないのかな?と思うのです。笑
大体、独学じゃなくても予備校で短期合格してる人間だっているのに講師や受験生に対して失礼な発言してるって気付かないのかな?
なんだかそのバックボーンを知るにつれ短期合格が実は個人的に納得いかないなら何年『団体』を使って勉強すればいいんだよ!!(あなたは満足するんですか?)って突っ込みを入れたくなるんですけどね。
何年も勉強し続けて誰が一番得か?喜ぶか?結局発言者だけなんだよね。
こういう人は、本人は自覚してないかもしれないけどただのドリームキラーとやってること変わらないって。
どうしてそういうことやるのか?だいたいどんな言い訳するかはわかってるけどその真の意図はここでは言わない。笑
行政書士試験は受験者層の振れ幅が広いから①上記のような無意味なツール②変な問題意識や中庸レベルへの迎合
上記のようなネガテイブな要因をシャットアウトするだけでも、大人の楽しい法律の勉強をしながら短期間(この期間の定義は人それぞれ違うと思いますが)合格は可能です。上級レベルの勉強をしながらですよ。
実はツールややり方以上に、頭の使い方の部分やこういったメンタルって大切なのかもしれませんね。
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