こんばんは。

今日の夕方に予定どおりドイツから帰国しましたが、イタリア・ドイツで見た日本人の多さ日本のメディアの「円安で海外旅行できない」報道が嘘と思えるほどでした。

 

また、滞在中はイスラエルのパレスチナ鎮圧への反対運動を見る機会はなく、報道されている米国の大学生の反ユダヤ暴動も社会のごく一部に過ぎないのでしょうね。

 

学生の政治活動自体は自由ですが、それは賛同しない他の学生の学業や研究の権利に影響を及ぼさない限りのものであり、この暴動で迷惑を被る学生・教職員の声も取り上げるなどより中立的な報道が望まれるところです。

 

まあ、現実には偏向著しい日本のメディアにはおよそ期待できないので、自分の見る目が何より大事ですね…。

 

 

  締め括りも旧市街散策のヴェネツィア巡り

 

 

さて、帰国したばかりのイタリア・スロベニア周遊旅行ダイジェスト7日目の午前、3日越しのサン・マルコ広場の観光を終えたところから再開します。

 

この後は、お昼前まで前々日・前日とは別のルートでヴェネツィア旧市街を散策しており、その際に訪れた主な観光名所は以下のとおりです。

 

【オルセオロ運河】

サン・マルコ広場近くの小運河であり、ゴンドラの停留所として常に多くのゴンドラが浮かんでいます

 

 

周囲の建物と運河、そしてゴンドラの組合せからは、ヴェネツィアの特色が凝縮されている印象を受けました。

 

【コンタリーニ・デル・ボーヴォロ階段】

奇観の一種にも感じる、連続したアーチが円筒形の螺旋状になっているのが特徴的な宮殿の外階段です。

 

哲学者の一族であるコンタリーニ家の宮殿に付随して造られたこの階段は、そのルネッサンス様式とゴシック様式が混ざり合った独特の建築様式から、宮殿とは別にこの階段のみ入場可能となっています。

 

 

そして途中、ヴァポレットで大運河の対岸に渡り

 

【サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・

 フラーリ教会】

 

サン・マルコ寺院に次ぐ高さ70mの鐘楼(写真2枚目)を擁する、15世紀半ばに完成したゴシック様式の教会です。

 

15世紀後半のゴシック・ルネッサンス様式の聖歌隊席など聖堂としての見どころだけでなく、名画やルネッサンス期の画家にまつわる歴史的遺産がとても有名で、

 

 

 

写真順にカノーヴァの墓標G.ベッリーニの「聖母と諸聖人」、さらにティツィアーノの「ペーザロ家の祭壇画」と彼に捧げる記念碑(順に同3・4枚目)など、思わず見入ってしまうスポットには枚挙に暇がありません。

 


中でもティツィアーノの「聖母被昇天」(写真1枚目)は、多作の彼にあって代表作と称えられており、上掲の記念碑にも彫り込まれるほどです(同2枚目)。

 

こうして最後のヴェネツィア旧市街散策を終えたところで、すっかり往来し慣れたサンタ・ルチア駅前に戻り、

 

 

ランチにヴェネツィア滞在中で3度目のセットメニューをいただき、イタリアンに外れなしを実感しました(笑)。

 

 

  約5ヶ月ぶりのフランクフルト滞在

 

 

昼食後は、少しホテルで休憩してからスーツケースを手に駅から西のローマ広場に向かい、本島内で唯一車が乗り入れられるこの場所からリムジンバスに乗車。

 

 

約30分後にはヴェネツィア・テッセラ空港に到着します。別名「マルコ・ポーロ国際空港」と呼ばれるこの空港ですが、世界的な観光名所の空の玄関口としては全体に手狭な印象を受け、

 

チェックインカウンターや搭乗口近くはもちろん、ビジネスラウンジ(写真1枚目)もかなり混雑していました。

 

 

 

まあ、実際問題としては長居していないので特に不便を感じることもなく、定刻から30分遅れで出発。

 

1時間半に満たない短いフライトを経て、おおよそ1週間ぶりにフランクフルト国際空港に戻ってきました。

 

そして空港駅からSバーンに乗り、こちらも約5ヶ月ぶりなので新鮮さのないフランクフルト中央駅に到着。

 

 

加えて前回と同じ駅前の東横イン(写真2・3枚目)に泊まるという代わり映えのない夜の過ごし方で、淡々と7日目を終えたのでした。

 

 

  5ヶ月前の心残りを解消した1日

 

実質的な最終日の8日目は、東横インでご飯ものの朝食というおよそドイツにいるとは思えない(苦笑)取り合わせから始まり、時間に余裕があったのでゆっくりと出発

 

 

 

主要な見どころは約5ヶ月前に一通り巡っているため、今回は大晦日でお休み等のため入場観光できなかった場所を、リベンジとばかりに入場しました。

 

まずは、ミサのため奥に入れなかった大聖堂です。

 

 

じっくり内部を見て回ると、壁や柱が赤レンガ色で統一されている以外は特徴に乏しく、歴代の神聖ローマ皇帝の選挙と戴冠式が行われた場所としては質素な印象でした。

 

 

次に訪れたのは、レーマー(写真3枚目中央の切妻屋根の建物)の裏手から2階に上がった先で見ることができる、

 

カイザーザール(皇帝の広間)と呼ばれる広間です。

 

この広間は、歴代の神聖ローマ皇帝の戴冠式の後に祝宴が催された歴史上重要な場所ながら、天井や壁の装飾は上掲の大聖堂と同じく慎ましやかではあるものの、

 

 

 

初代のカール大帝(写真2枚目)から始まり、帝権を復興させたオットー1世(大帝。同3枚目中央)を経て、オーストリア皇帝フランツ2世(同4枚目)までの52人の歴代皇帝の肖像画は実に見応え十分でした。
 

1,000年余りの神聖ローマ帝国の歩みを、肖像画とともに振り返るのは歴史ファン的には楽しかったです。

 

 

続いて午前の最後にはゲーテハウスを訪問。

 

 

大詩人ゲーテが生まれ、家族とともに幼少期~青年期を過ごしたこの家は、第二次世界大戦中の空爆でほぼ完全に破壊されたものの、戦後に復元されています。

 

復元とはいっても、戦災に遭う前の資料を基に忠実に行っており、また調度品は事前に疎開させていたため、当時の暮らしぶりをリアルに感じることができました。

 

見学可能なのは1階~4階の居室で、日本語の解説資料も丁寧な内容のため、この資料を眺めながら各々の居室を巡っていくのがお勧めです。

 

 

 

18世紀当時、ゲーテの家はフランクフルト屈指の名家だったため、ゲーテ自身に興味のあまりない私でも、当時の西欧の上流階級の暮らしを実感できる点で、とても面白い施設だったと思います。

 

実際、1つ1つの居室を解説資料を片手にじっくり巡ったため、滞在時間は約1時間半と、この日のフランクフルト市内散策の中で最も長い時間を過ごしました。

 

 

 

さて、この後も引き続き昨年の大晦日に入場できなかったフランクフルトの観光名所を巡っていきましたが、時間と体力の都合から今回はここまでとします。

 

次回はフランクフルト滞在から帰国までの模様をご案内した上で、最後に旅行全体の総括をする予定です。

ではでは。