こんばんは。

先日、立憲民主党の米山隆一衆議院議員と西村博之氏がネット番組で討論を行った際、西村氏が医療制度に関する無知を晒して逆に「論破」されたのが話題となりました。

 

その結果、「論破王」の無知と拙劣な話法の実態が露わになったとも言われていますが、元々西村氏の出演する番組をほとんど見ない私としては納得の一言です。

 

まあ、当の米山氏は米山氏で非常に頭脳明晰なものの批判の仕方に底意地の悪さを感じるので、過去の不祥事は別にしても個人的にいい印象はありません

 

人間は結局は感情の生き物なので、2人を反面教師に好感を持たれる言い方を心がけたいですね。

 

 

【松並木と歴史ある文殊院】

 

 

さて、先週末の岐阜・京都旅行2日目の昼下がりの天橋立駅前から再開。雨が降ったり止んだりする中、飲食店や土産物店が並ぶ茶屋通に入ります。

 

 

そして、まずは日本三景の天橋立を歩いて堪能しようと後ほどゆっくり鑑賞する廻旋橋を渡り、

 

約3.6km続く宮津湾と阿蘇海の間の砂州から松並木、そして宮津湾の眺めを見て回ります。

 

 

とはいえ、景観が特徴的な砂州も実際歩けば普通の並木道な訳で、約5,000本の松もしばらく歩けば見慣れてきて、失礼ながら特に感慨等はなかったです。

 

 

ちなみに、道中には歌人の与謝野鉄幹・晶子夫妻の句碑が建っていましたが、景勝地らしさと同時に、与謝野家がこの丹後に由来しており「与謝野町」という自治体が今も存在することを初めて知りました(失礼)。

 

そして時間の都合上、徒歩で約50分かかる対岸まで渡ることはなく、途中で折り返して茶屋通に戻り、

 

茶屋通の奥に建つ智恩寺に入場します。

 

 

丹後地方では最大級という禅宗様式・三間三戸二重門の三門(写真1枚目)が目を惹くこの寺院は、平安初期の808年に平城天皇の勅願寺として創建されたと伝わり、

(参考:当初は真言宗、南北朝時代以降は臨済宗(禅宗))

 

三門を出て左に建つ多宝塔は、室町後期の1501年に落成したもので国の重要文化財に指定されています。

 

 

古くから文殊信仰の霊場として知られ、その地番が「宮津市文珠」となるほど地元にも親しまれたこの寺院は、奈良の安倍文殊院(桜井市)、山形の大聖寺(亀岡文殊・高畠町)と並んで「日本三文殊」とされており、

 

中心に建つ文殊堂は江戸期の再建ながら。今も「三人寄れば文殊の知恵」にある本尊の文殊菩薩の御利益に与ろうと、知恵を欲する多くの参拝客が訪れているそうです。

 

 

【山上から望む日本三景】

 

 

そんな智恩寺で私も、少しでも知恵を授かろうと祈願を適度に捧げた後は、天橋立駅の南側に向かい、

 

天橋立に迫る文殊山の上に1970年に開業した遊園地兼展望台「天橋立ビューランド」行のリフト・モノレール乗り場に入ります。

 

この時は、残念ながらモノレールの出発時間と上手く合わなかったので、

 

 

随時運行中のリフトに乗って山頂を目指しましたが、

 

幸運にも雨は一時的に止み、風も穏やかで左右の紅葉の名残も楽しみつつ約7分を過ごしました。

 

 

 

ちなみに、リフトの途中では大きな注意書き(写真1枚目)を複数見かけたものの、喫煙や足を振るのはさておき、さすがに飛び降りる奴はいないだろと思います(苦笑)。

 

まあ、会社のリスクヘッジとそれだけヤバい人が世の中にいるという証左なのでしょうね。

 

 

 

そしてリフトで登った山腹には、色々な意味で平成を通り越して昭和っぽさを感じる遊園地(汗)が広がっていますが、この時は遊園地の営業時間の終わり間際だったこともあって、遊具で楽しむお客さんはとても少なく、

 

 

リフト・モノレールから降りた人たちは、専ら園内に数箇所ある展望スポットに向かっていました

私も同様に、まずは入口近くの展望台から、

 

雨上がりの天橋立を鑑賞し、砂州の向こうの丹後半島の奥には虹(写真1枚目中央左)も見える、自然が造り出した景観を楽しみます。

 

 
 

この文殊山から望む天橋立は、股から覗くと龍が天を舞い上がる姿に見えることから、飛龍観と呼ばれ、

 

 

実際に「股のぞき台」(写真1枚目)が設置されているのですが、頭に血が上るのが嫌なので私は股のぞきを行うことはなく(苦笑)、続く2つ目の展望スポットである、

 

飛龍観回廊」と呼ばれる、龍の背のように曲がりくねった空中回廊に移動します。

 

まあ、角度としては1つ目の展望台と似たり寄ったりのため天橋立に関する新しい発見は特にないのですが、

 

 

 

天橋立以外にも山腹の紅葉(写真1・2枚目)や、回廊を入れた遠景(写真4枚目)もまた見応えがあり、

 

 

せっかく天橋立ビューランドを訪れたのなら、ぜひ立ち寄るべきスポットだと思います。

 

 

 

最後に、リフト乗り場に降りる階段の途中にも展望台(写真2枚目)はありますが、個人的にそれ以上にお勧めなのが下りのリフトからの眺めで、

 

 

次第に見下ろす角度から横から見る角度に変わる模様は、往路より乗る価値があるように思いました。

 

 

 

そして最後は砂州より街が目立つようになり、山の麓に戻ると、まだ帰りの鉄道まで時間があったので、

 

 

軽めの夕食をとるため、智恩寺の三門のすぐ脇に店を構えるお洒落なカフェ「Café du pin 千歳」を訪問。

2023グルメ記事 #103

 

 

 

ソフトクリームやケーキといったスイーツ類や、ご当地の食材を使ったハンバーガーがメインのこのカフェは、

 

贅沢に空間を使ったゆとりある席配置に、奥には穏やかな天橋立運河を望むという、休憩だけでなく観光にも最適なスポットといってよく、

 

 

時間が許せばずっと寛ぎたいなあと思ったほどです。

そして、今回は軽めの夕食ということで、

 

ハムチーズバーガー(ドリンク付)を注文。

サイドにサラダもポテトもなく、見た目も非常にシンプルなハンバーガーでしたが、

 

 

ふかふかのバンズによく合ったハムとチーズは、奇抜さこそないものの隙のない美味しさで、この素敵な店内の雰囲気もあって満足できる内容でした。

 

ちなみに、このカフェから運河を望む時に必見なのが、

 

 

運河を遊覧船が渡る時に橋の中心部が一時的に旋回して、通行できるようにする廻旋橋の現役の稼働ぶりで、次の機会にはぜひ遊覧船に乗って対岸まで行き、もう一つの「昇竜観」からの天橋立も堪能したいと思った次第です。

 

 

【回り道で京都府をコンプリート】

 

そんなこんなで「Café du pin 千歳」で寛いでいると時間はあっという間に過ぎ、ライトアップされた三門や、

 

 

夜になってより雰囲気がよくなった天橋立駅の外観(写真1・2枚目)を楽しんでから、駅舎内で出発を待ったのですが、何度見ても「丹後=海の京都」という言い回しには違和感しかないですし(同3枚目)、

 

 

何なら駅舎内の売店(写真1枚目)が「丹後王国」と名乗っていたのに対し、一瞬で滅びそうな王朝だなあと思ったのは丹後民には内緒です(適当)。
 

それはそうと、午後5時過ぎには京都に向かう最短ルートの宮福線ではなく、西の豊岡に向かう宮豊線に、専ら駅メモ巡りの都合で乗車。

 

 

今回は特にラッピングや企画列車ではなく、何なら恒例の列を成さない鉄の箱でしたが(苦笑)、JR西日本の旧国鉄車両よりはよほど綺麗に整えられていました。

 

この宮豊線は、路線距離58.9kmと京都丹後鉄道の3路線の中では最も長く、また西端の2駅が兵庫県豊岡市に置かれており、京都府外を走る唯一の路線でもあります。

 

また、丹後半島の付け根を主に走るため意外にも海を見られる区間が少ないのもポイントですが、私が乗った時はすでに夜だったので車窓を眺める楽しみもなく

 

 

コウノトリが乗る駅なんてあるんだなあ」とアホな感想を抱いたくらいでした(汗)。

 

 

 

そして終点の豊岡駅に着いたのは約1時間半後の午後7時前で、思えばこの駅に来るのは、3年前の冬にJALダイヤモンド修行のために伊丹ー但馬間を往復して以来です。

 

つまり、鉄道で豊岡駅に降りたのは実は初めてだったのですが、時間の都合から駅前をチラ見する程度で、

 

 

数十分後には、城崎温泉方面から来た特急こうのとりに乗車し、JR山陰本線を上っていきました。

 

充電スポットがない以外は新幹線より座席が大きく快適だなあと思いつつ、ゆっくり寛ぎながら再び京都府に入り、夜久野峠を越えたところで、

 

ようやく京都府の全駅をコンプリート

 

京都府は計240駅と全国的に見てもそれなりに多い方ではあるものの、絶望的なローカル線はないため、丹波・丹後、京都市周辺・京阪間・南山城とそれぞれ計画的に巡っていけば、確実にクリアが可能な印象です。

 

個人的には、それよりも半分にも達していない兵庫県の方が、広い県域の中にJR・私鉄とも複数のローカル線を抱えている分、コンプは大変だろうなと思いました。

 

 

 

そして最後は、回り道にもほどがある福知山駅から、今度は普通の特急はしだて(写真2・3枚目)に乗り、京都駅に着いたのは午後9時過ぎ

 

 

 

いつもどおり怪しく輝く京都タワー(写真1・2枚目)をチラ見してから、この日最後の東京行の東海道新幹線に乗り、京都を制覇した2日間の旅を終えたのでした。

ではでは。