主は抑圧されている者達に
「法」をもたらし、
飢えている者に
食事を与えられる。
詩篇146:7

 

それから,(イエスは)、
七つのパンを取り、
感謝の祈りをささげてからそれを裂き、
配るようにと弟子達にお与えになった。
弟子達はそれを群衆に配った。
マルコ8:6

 

 エフェソ書4:25~32
 ヨハネ10:22~30(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』8/12;金)

 

    ―――― ☆  ――――

 

 幸いなのですね。ヤコブの神を助けとし、
その神、【主】に望みを置く人は。


主は 天と地と海
またそれらの中のすべてのものを造られた方。
とこしえまでも真実を守り
虐げられている人に「法」、さばきを行い
飢えている者にパンを与える方。

 

 

 その方、イエスは、
人里離れた寂しいところにまで
ご自分について来た多くの人たちを、
「かわいそうに、
この群衆はすでに三日間私とともにいて、
食べる物を持っていないのです。
空腹のまま家に帰らせたら、途中で動けなくなります。
遠くから来ている人もいます」と仰って、群衆を座らせ、
手元にあった七つのパンを取り、
感謝の祈りをささげてからそれを裂き、
配るように弟子たちにお与えになった。
弟子たちはそれを群衆に配った。

また、小魚が少しあったので、
それについて神をほめたたえてから、
それを群衆に配るように言われた。

群衆は食べて満腹した。
そして余りのパン切れを集めると、
七つのかごにいっぱいになった。
そこには、およそ
(壮年の男子だけで)四千人の人々がいた。
それからイエスは彼らを解散させた、のだそうです。

 


 また、【父である神】は、食べ物だけでなく
私たちの霊性も整えてくださる方なのですね。

 【父である神】の御思いを受けて
【御子である神】が人間イエスとなり、
私たち人間の世界に生まれてくださったのだそうです。

この方、イエスは、およそ、33歳の頃、
旧約聖書でずっと預言されていたとおりに、
私たちの身代わりとなり、十字架刑での処刑を受けられ、
死んで墓に納められ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活されました。


そして、40日に渡って何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語り、
ご自分が確かに生きていることを弟子たちに見せたのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に復帰されました。

 

【父である神】は、約束されていたとおりに、
このイエスを通して私たちに、
もう一人の方、
【聖である霊】と呼ばれる方をお遣わしくださり、
私たちの心にご自身の御思いを置き、書き記して、
私たちのうちにご自身の思いがあるようにし、
私たちがご自身と一つ思いになって生きるように
してくださるのだそうです。(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28、ヨハネ17::21~23)

 

 

それで、私たちのうちにも、
【父である神】の御思い、ご性質があるように
していただけるのですね。


偽りを捨て、それぞれ隣人(となりびと)に対して真実を語り、
怒っても、憤ったままで日が暮れるようなことにはならず、
怒ったままでいて悪魔に機会を与えるようなことには
ならなくしてくださるのだそうです。


盗みをしている者は、盗まなくなり、
むしろ、困っている人に分け与えるため、
自分の手で正しい仕事をし、
労苦して働くようにしてくださって。

 

悪いことばを、いっさい口から出さないようにし、
必要なときに、人の成長に役立つことばを語り、
聞く人に恵みを与えるようにしてくださって。

〔生まれたときからの私〕から出てくる思いを先立て、
神の聖霊を悲しませるようなことはせず、
無慈悲、憤り、怒り、怒号、ののしりなどを、
一切の悪意とともに、すべて、イエスの御前に投げ捨て、
互いに親切にし、優しい心で赦し合うように
していただけるのだそうですから。

 

【父である神】は、御子、イエスにおいて私たちを赦し、
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
私たち一人ひとりが
【父である神】が思われる思いのままに動いていくように
してくださるのだそうですから。
ちょうど、私たちのからだの各部分が、
私の思いのとおりに動いてくれるように。(エペソ:25~32)

 

 

イエスが、イエスご自身の思いからは何もせず、
ただ、【父である神】の御思いのとおりに行動され、
それゆえに、「わたしと父とは一つです」(ヨハネ10:30)
と言うことができたように、
わたしたちも、【聖である霊】と呼ばれる方によって
【父である神】と一つ思いになって行動する者に。
「イエスのからだ」の一部分としていただいて、
御思いのままに。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~

 

(聖書のことばへの疑問やご意見
近くの教会を知りたい等の方、
また、婚活で広く出会いを求めたい、
教会に行っていないけれど
葬儀をキリスト教でしたい、等の方、
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あなたが水の中を渡る時、
わたしはあなたとともにいる。
そして大河を渡るときも、
大河はあなたを溺死
(できし)させない。
火の中を行く時もあなたは燃えず、
炎はあなたを焦
(こ)がさない。
イザヤ43:2

 

何がそんなに怖いのか、
疑い深い者たちよ。
マタイ8:26
 

 箴言8:12~21
 ヨハネ10:1~10(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』8/10;水)

    ―――― ☆  ――――

 

 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)がこう言われるのですね。

「恐れるな。わたしがあなたを贖(あがな)ったからだ。
わたしはあなたの名を呼んだ。
あなたはわたしのもの。
あなたが水の中を過ぎるときも、
わたしはあなたとともにいる。
川を渡るときも、あなたは押し流されず、
火の中を歩いても、あなたは焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない」と。

 

 

 イエスが舟に乗られると、弟子たちも従ったのだそうです。
すると見よ。湖(ガリラヤ湖)は大荒れとなり、
舟は大波をかぶった。
ところがイエスは眠っておられた。
弟子たちが近寄ってイエスを起こして、
「主よ、助けてください。
私たちは死んでしまいます」と言った。

イエスは言われた。
「どうして怖がるのか、信仰の薄い者たち。」
それから起き上がり、風と湖を叱りつけられた。
すると、すっかり凪(なぎ)になった。
人々は驚いて言った。
「風や湖までが言うことを聞くとは、
いったいこの方はどういう方なのだろうか。」(マタイ8:21~27)

 

 

 ソロモン王は知恵について次のように記しています。

「知恵であるわたしは賢さを住まいとする。

そこには知識と思慮がある。

【主】を恐れることは悪を憎むこと。

わたしは高ぶりとおごりと、悪の道と
ねじれたことをいう口を憎む。

真理と知性はわたしのもの。


わたしは英知であり、わたしには力がある。

わたしによって王たちは治め、

君主たちは正義を定める。

わたしによって、君主たちは支配する。

高貴な人々も、義のすべてのさばき人もそうだ。


わたしを愛する者を、わたしは愛する。

わたしを熱心に捜す者は、わたしを見出す。

富と誉れはわたしとともにある。

朽ちない財宝も義も。

わたしの果実は黄金よりも、純金よりも良く、

わたしの産物は選(え)り抜きの銀にまさる。


わたしは義の道を歩む。

公正の通り道のただ中を。

それは、わたしを愛する者に財産を受け継がせ、

彼らの宝庫を満たすためである。」(箴言8:12~21)

 

 

 また、イエスは言われます。

「まことに、まことに、あなたがたに言います。
羊たちの囲いに、門から入らず、
ほかのところを乗り越えて来る者は、
盗人であり強盗です。

しかし、門から入る者は羊たちの牧者です。
門番は牧者のために門を開き、
羊たちはその声を聞き分けます。
牧者は自分の羊たちを、
それぞれの名を呼んで連れ出します。
羊たちをみな外に出すと牧者はその先頭に立って行き、
羊たちはついて行きます。
彼の声を知っているからです。
しかし、ほかの人には決してついて行かず、
逃げて行きます。
ほかの人たちの声を知らないからです。」
 

イエスはこの比喩を彼らに話されたが、
彼らは、
イエスが話されたことが何のことなのか、分からなかった。


そこで再びイエスは言われた。
「まことに、まことに、あなたがたに言います。
わたしは羊たちの門です。
わたしの前に来た者たちはみな、盗人であり強盗です。
羊たちは彼の言うことを聞きませんでした。

わたしは門です。
だれでも、わたしを通って入るなら救われます。
また出たり入ったりして牧草を見つけます。
盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、
滅ぼしたりするためにほかなりません。
わたしが来たのは、
羊たちがいのちを得るため、
それも豊かに得るためです。」(ヨハネ10:1~10)

 

 

 このように、暴風や荒れ狂う海も従う力と権威のある方、
そして知恵に満ちた方、
そのイエスが私たち一人ひとりの名を呼んで
導いてくださるのですから、
どんな恐れの中にあっても、大丈夫なのだそうです。
いのちを、逸れも豊かに与えてくださる方なのですから。

だから、私たちもイエスと同じように、
「私の思いではなく、あなたの御思いが成りますように」
との思いを
【聖である霊】と呼ばれる方によって
心に置いていただきながら。
神の豊かな扱いの中へと。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~

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あなた自身ただ気をつけ、
あなたの魂を守って、
あなたの目が見たことを
忘れないようにしなさい。
申命記4:9

 

あなたが福音をどのように受け、
聞いたかを思い起こしなさい。
そしてそれを守り、回心しなさい。
黙示録3:3
 

 黙示録19:4~9
 ヨハネ9:13~23(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』8 /6;土)

 

    ―――― ☆  ――――


 モーセは、自分が去って行くに際し、
エジプトを出てから40年、
一緒に荒野の旅をしてきたイスラエルの民に、
もう一度、語るのですね。

「あなたはよく気をつけ、十分に用心し、
あなたが自分の目で見たことを忘れず、
一生の間、それらがあなたの心から離れることがないように
しなさい」と。

 

 ヨハネは言います。
「だから、(このイエスに関わる良い知らせを)
どのように受け、聞いたのかを思い起こし、
それを守り、悔い改め(神に向き変り)なさい」と。

 


 また、神によって示された幻について、
次のように記しています。

 

大いなる都バビロンが神のさばきによって滅ぼされるとき、
24人の長老たちと四つの生き物はひれ伏して、
御座に着いておられる神を礼拝して言った。
「アーメン。ハレルヤ。」

 

また、御座から声が出て、こう言った。
「神のすべてのしもべたちよ、神を恐れる者たちよ、
小さい者も大きい者も
私たちの神を賛美せよ。」

 

また私は、大群衆の声のような、大水のとどろきのような、
激しい雷鳴のようなものがこう言うのを聞いた。

「ハレルヤ。私たちの神である主。
全能者が王となられた。
私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。
子羊の婚礼の時が来て、
花嫁は用意ができたのだから。

花嫁は、輝くきよい亜麻布をまとうことを許された。
その亜麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」
 

御使いは私に、
「子羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ、
と書き記しなさい」と言い、
また、「これらは神の真実なことばである」と言った。(黙示録19:4~9)

 

 

 私たちも、
イエスが私たちの身代わりとなって受けてくださった
十字架刑での処刑による死、

そして、墓に納められたイエスの、
三日目、日曜日の朝の新しい霊のからだへの復活、

40日に渡って何度も弟子たちに現れ、神の国のことを語り、
ご自分が確かに生きていることを見せたのち、
弟子たちが見守る中、オリーブ山から、
天の、【父である神】の右の座に復帰されたイエス。

 

そのイエスを通して来てくださる【聖である霊】と呼ばれる方。
この方によって私たちは、
【父である神】の御思いを心に置き、書き記していただいて、
うちに【父である神】の御思いがあるようにしていただき、
イエスがそうであったように、
「自分の思いが成ることではなく、
【父である神】の御思いが成るように」と
願う者にしていただけるのですから。

 

また、自分の思いの一つ一つも神に申し上げ、
見ていただき、知っていただいて、
神である【主】と一つ心になって生きるように
していただけるのですから。

 

神をほめたたえる、天の大群衆の中に、
子羊の婚宴に招かれた幸いな者の中に
入れていただいて。

 

イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いて下さる
【父である神】の御思いに
立ち返り、立ち返り、しながら。
今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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ヒゼキヤはその手紙を読んだ時、
主の家に上り、
主の前にそれを広げた。
列王記下19:14

 

何も思い煩わないで、
あらゆる場合に、
感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願い事を
神に知っていただきなさい。
フィリピ書4:6 
 

 Ⅰコリント10:16、17
 ヨハネ8:46~59(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』8/4;木)


私の神によって
城壁を飛び越えることができます。
詩篇18:30

神は私たちに、
臆病の霊ではなく、
力と愛と慎みの霊を
与えてくださいました。
Ⅱテモテ1:7

 

 ルカ22:14~20
 ヨハネ9:1~12(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』8/5;金) 

 

    ―――― ☆  ――――


 アッシリア帝国の王が、
使いをユダの王ヒゼキヤのもとに遣わし、
手紙で降伏を迫ったとき、
ヒゼキヤ王はその手紙を読むとすぐ、
主の宮に上り、
その手紙を神である主の前に広げ、
神に話しかけたのだそうです。

 

天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
パウロを通して私たちにも語っておられます。

問題を自分一人で抱え込み、思い煩(わずら)っていないで、
わたしに話し、わたしに知らせなさい、と。

 

 

 【父である神】は、
十字架刑の死を死に、
墓に納められ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日に渡って何度も弟子たちに現れ、
自分が確かに生きていることを見せたのち、
天の、ご自身の右の座に復帰されたイエスを通して
私たちに【聖である霊】と呼ばれる方を派遣してくださり、
 

この方によって、
ご自身の思いを私たちの心に置き、
私たちのうちにイエスと同じ思いがようにして、
私たちが、イエスと一つになるように
してくださるのですから(Ⅰコリント10:16、17)。

 

 また、イエスは言われました。
モーセに現れ、「『わたしはある』と言う者」と名乗り、
モーセをエジプト王パロに遣わし、
イスラエルの民をエジプトから脱出させ、
約束の地に導き入れたのはわたしだ、と。

 

 また、イエスは言われます。

わたしは、イスラエル人の先祖アブラハムよりも前にいて、
今から2000年ほど前、
アブラハムはこのわたしを見て喜んだ(ヨハネ8:56~58)と。

 


 このイエスを通して私たちに来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方は、
私たちに働いて、
私たちに城壁をも飛び越えさせてくださり、
ご自身の力と愛と慎(つつし)みで私たちを覆ってくださる方。

 

この、イエスの十字架刑での死による贖(あがな)い、
ご自分のいのちを代価として払って
私たちを買い戻してくださる、
その御業の完成によって私たちに来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方は、
【父である神】の「新しい契約」の約束の成就として
私たちに来てくださる方。

私たちの心に【父である神】の御思いを置き、
私たちのうちに【父である神】の御思いがあるようにして
(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)、
イエスと同じに、
「自分の思いが成ることではなく、
【父である神】の御思いが成るように」
(ヨハネ6:38、8:28、12:49~50、14:10)との願いを起こして、
イエスと一つ思いにしてくださるのですから。(ルカ22:17~20)

 

 イエスが、【父である神】の御思いに従って、
生まれたときから目が見えなかった人の目を
見えるようにされたように(ヨハネ9:1~12)、
わたしたちにも働いてくださって。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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もろもろの民にその業を知らせ、
その名が崇められていることを
告げよ。
イザヤ書12:4

 ヨハネは書く:
私は、一人の天使が
天の真ん中を飛ぶのを見た。
その天使は、地上に住む人々、
あらゆる国民、部族、言葉の違う民、
民族に告げ知らせるために、
永遠の福音を携え、大声で言った。
「神を畏れ、
神に栄光を帰しなさい。」
黙示録14:6~7

 創世記32:23~32(33)
 ヨハネ7:25~31(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』7/26;火)

    ―――― ☆  ――――

 私たちも言うのですね。
「【主】に感謝せよ。
その御名を呼び求めよ。
そのみわざを、もろもろの民の中に知らせよ。
御名があがめられていることを語り告げよ。

【主】をほめ歌え。
主はすばらしいことをされた。
これを全地に伝えよ。
シオンに住む者よ。
大声をあげて喜び歌え。
イスラエルの聖なる方は、
あなたの中におられる」(イザヤ12:4~6)と。


永遠の福音を携え、
「神をおそれよ。神に栄光を帰せよ」と
全世界に告げ知らせる天使とともに。

 


 私たちも、ヤコブが、
自分が兄エサウの長子の権と祝福(相続権)を
奪っていたので、
その兄エサウと会うことが怖くて前に進むことができず、
ヤボクの渡しで、神と格闘をし、
「私はあなたを去らせません。
私を祝福してくださらなければ」としがみつき、
離さなかったように、
神にしがみつきながら。(創世記32:23~32)

 


 イエスについて、
エルサレムのある人たちは、こう言い始めました。
「この人は、彼ら(ユダヤの指導者たち)が
殺そうとしている人ではないか。
見なさい。この人は公然と語っているのに、
彼らはこの人に何も言わない。
もしかしたら議員(ユダヤ最高議会の)たちは、
この人がキリストであると本当に認めたのではないか。

しかし、私たちはこの人がどこから来たのか知っている。
キリストが来られるときには、
どこから来るのかだれも知らないはずだ。」

 

イエスは宮で教えていたとき、大きな声で言われた。
「あなたがたはわたしを知っており、
わたしがどこから来たのかも知っています。しかし、

わたしは自分から来たのではありません。
わたしを遣わされた方は真実です。
その方をあなたがたは知りません。
わたしはその方を知っています。
なぜなら、わたしはその方から出たのであり、
その方がわたしを遣わされたからです。」

 

そこで人々はイエスを
(自分を神から出た者であるとして、
神と等しくした、神を冒涜した罪で)捕らえようとしたが、
だれもイエスに手をかける者はいなかった。
イエスの時がまだ来ていなかったからである。
 

群衆のうちにはイエスを信じる人が多くいて、
「キリストが来られるとき、
この方がなさったよりも多くのしるしを行うだろうか」と
言い合った。(ヨハネ7:25~31)

 


 同じイエスのことばを聞き、その行う業(わざ)を見て、
ある人たちはイエスを殺そうとし、
ある人たちは、
そこに救い主キリストのしるしを見たのですね。


私たちも、神が行われる御業(みわざ)を見て、神を認め、
喜びをもってそれを伝えていく者にと。

 

イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いて下さる
【父である神】の御思いについて行きながら・

 

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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主がほめたたえられますように。
主は約束どおり、
ご自分の民イスラエルに
安住の地を
与えてくださいました。
列王記上8:56

 

安息日の休みは、
神の民に
まだ残されています。
ヘブル書4:9

 ロマ書9:14~23(24~26)
 ヨハネ6:66~71(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』7/22;金)

 

    ―――― ☆  ――――


 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
「在りて、在る者」、
在ろうと思うとおりに在るお方、
ことばと実態が一致しておられる方なのですね。

それで、「安住の地を与える」との
イスラエルに対する約束のことばも
そのとおりに実現したとソロモン王は言っています。

そして、神の国での安息の休みも、
まだ、神の民に、まだ残されているのだそうですから。

 


 パウロは書き送っています。
「神はモーセに言われました。
『わたしはあわれもうと思う者をあわれみ、
いつくしもうと思う者をいつくしむ。』

ですから、これ(神の選び)は
人の願いや努力によるのではなく、
あわれんでくださる神によるのです。
聖書はファラオ(エジプトの王)にこう言っています。

 

『このこと
(イスラエルの民をエジプトから脱出させること)のために、
わたしはあなたを立てておいた。
わたしの力をあなたに示すため、
そうして、わたしの名を全地に知らしめるためである。』

ですから、神は人をみこころのままにあわれみ、
みこころのままに頑(かたく)なにされる
(頑ななままでいることを許される)のです。
栄光のために
あらかじめ備えられたあわれみの器に対して、
ご自分の豊かな栄光を知らせるために。

このあわれみの器として、神は私たちを、
ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも
召してくださったのです。

それは、ホセア書でも神が言っておられるとおりです。
『わたしは、わたしの民でない者を
わたしの民と呼び、
愛されない者を愛される者と呼ぶ。
あなたがたはわたしの民ではない、
と言われたその場所で、
彼らは生ける神の子らと呼ばれる。』」(ロマ9:14~26)

 

 

 イエスが、五つのパンと二匹の魚で、
壮年の男だけで5千人はいた人々を満腹にして帰されたとき、
人々はイエスを捕まえて自分たちの王にしようと
カぺナウムまで、追いかけて来ました。

イエスが、
「これは天から下って来たパンで、
それを食べると死ぬことがありません。
わたしは、天から下って来た生けるパンです。
だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。
そして、わたしが与えるパンは、世のいのちのための、
わたしの肉です。

まことに、まことに、あなたがたに言います。
人の子(イエス自身のこと)の肉を食べ、
その血を飲まなければ、
あなたがたのうちに、いのちはありません。
私の肉を食べ、わたしの血を飲む者は、
永遠のいのちを持っています。
わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。

わたしの肉はまことの食べ物、
わたしの血はまことの飲み物なのです。
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、
わたしのうちにとどまり、
わたしもその人のうちにとどまります。
生ける父がわたしを遣わし、
わたしが父によって生きているように、
わたし食べる者も、わたしによって生きるのです。

これは天から下って来たパンです。
先祖が食べて、なお死んだようなものではありません。
このパンを食べる者は永遠に生きます。」

 

また、言われました。
「いのちを与えるのは御霊(みたま)です。
肉は何の役ももたらしません。
わたしがあなたがたに話してきたことばは、
霊であり、またいのちです。」

 

それで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去り、
もはやイエスとともに歩もうとはしなくなった。
それで、イエスは12人に、
「あなたがたも離れていきたいのですか」と言われた。

すると、シモン・ペテロが答えた。
「主よ、私たちはだれのところに行けるでしょうか。
あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。
私たちは、あなたが神の聖者であると信じ、
また知っています。」
 

イエスは彼らに答えられた。
「わたしがあなたがた12人を選んだのではありませんか。
しかし、ああたがたのうちの一人は悪魔です。」
イエスはイスカリオテのシモンの子ユダのことを
言われたのであった。
このユダは12人の一人であったが、
イエスを裏切ろうとしていた。(ヨハネ6:66~71)

 


 【父である神】は、
このように私たちすべての人間をあわれみ、
イエスの十字架刑での死と復活を通して、
私たちに来てくださる【聖である霊】と呼ばれる方によって
【父である神】と思いを共有しながら生きる、
永遠のいのちの生き方を与え、
私たちが、神の安息の休みに入るようにしてくださろうと
していてくださるのだそうですから。

 

約束のことばのとおりに。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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主の使いは
主を畏れる者の周りに陣を敷き、
彼らを助け出した。
詩篇34:8

主の天使が入って来て、
光が部屋の中を照らした。
天使はペトロの脇をつついて起こし、
「急いで起き上がりなさい」と言った。
すると、鎖が彼の手から落ちた。
使徒12:7

 エゼキエル書2:3~8a
 ヨハネ6:35~51(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』7:/19;火)


    ―――― ☆  ――――

 聖書が啓示している神、天
の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
ご自身に信頼する者の周りに天使の軍勢の陣を敷き、
助け出してくださる方。

 

ヘロデ王に捕らえられ、明日は民衆の前に引き出されて
処刑されようとしていたペテロ。

牢に閉じ込められ、4人一組、4組の兵士に監視され、
2本の鎖につながれ、
二人の兵士の間で眠っていたのだそうです。

その牢獄に主の使いが来て、
ペテロのわき腹をつついて起こすと、
鎖はペテロの手から取れ、
天使はペテロを牢獄の外へ連れ出したのだそうです。

 


 神である主は、
エゼキエルをイスラエルの民に遣わされるとき、
エゼキエルに語られました。
そのときのことをエゼキエルは次のように記しています。

その方は私に言われた。
「人の子よ、自分の足で立て。
わたしがあなたに語る。」

その方が私に語りかけると、霊が私の中に入り、
私を自分の足で立たせた。
そのとき、私は自分に語りかけることばを聞いた。

その方は私に言われた。
「人の子よ。
わたしはあなたをイスラエルの民に、
わたしに反抗する国民に遣わす。

彼らもその先祖たちも、今日までわたしに背いてきた。
彼らは厚かましく、頑(かたく)なである。
わたしはあなたを彼らに遣わす。
あなたは彼らに「神である主はこう言われる」と言え。

反逆の家だから、聞く、聞かないに関わりなく、
彼らは自分たちのうちに預言者がいることを
知らなければならない。。

 

人の子よ。
あなたは彼らや彼らのことばを恐れるな。
あざみと茨(いばら)があなたと一緒にあり、
サソリの間に住んでも、恐れるな。
そのことばを恐れるな。
彼らの顔におびえるな。
彼らは反逆の家なのだから。

彼らは反逆の家だから、
聞く、聞かないに関わりなく、
あなたはわたしのことばを彼らに語れ。
人の子よ。
あなたは、
わたしがあなたに語ることを聞け。(エゼキエル2:1~8a)
 

 

 人里離れた寂しいところに退かれたイエスを
追いかけて来た人々を
空腹のまま帰らせるのはかわいそうに思い、
イエスは、少年の持っていた五つのパンとに二匹の魚を、
感謝をささげた後、それを裂き弟子たちに渡されたので、
弟子たちはそれを人々に配りました。

 

それで、壮年の男だけで5千人はいた人々
満腹になるまで食べたので、
弟子たちはが、余ったパン切れを集めると
12のかごにいっぱいになりました。

 

イエスを自分たちの王にしようと、
カぺナウムに帰ったイエスを追いかけて来た人々に
イエスは言われました。

「なくなってしまう食べ物のためではなく、
いつまでもなくならない、
永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。

それは、人の子が与える食べ物です。
この人の子に、神である父が証印を押されたのです。」

 

「わたしがいのちのパンです。
私のもとに来る者は決して飢えることがなく、
わたしに信頼する者はどんなときにも、
決して渇くことがありません。

 

わたしが天から下って来たのは、
自分の思いを行うためではなく、
わたしを遣わされた方のみこころを行うためです。

わたしを遣わされた方のみこころは、
わたしに与えてくださった者を、わたしが一人も失うことなく、
終わりの日によみがえらせることです。

 

わたしの父のみこころは、
子を見て信じる者がみな永遠のいのちをもち、
わたしがその人を終わりの日によみがえらせることです。」

 

 

ユダヤ人たちは、イエスが
「わたしは天から下って来たパンです」と言われたので、
イエスについて小声で文句を言い始めた。

彼らは言った。
「あれは、ヨセフの子イエスではないか。
私たちは父親と母親を知っている。
どうして今、
『わたしは天から下って来た』と言ったりするのか。」

イエスは彼らに言われた。
「自分たちの間で小声で文句を言うのはやめなさい。
 

わたしを遣わされた父が引き寄せてくださらなければ、
だれもわたしのもとに来ることはできません。
わたしはその人を終わりの日によみがえらせます。

預言者たちの書に、
『彼らはみな、神によって教えられる』と書かれています。
父から聞いて学んだ者はみな、私のもとに来ます。
 

父を見た者はだれもいません。
ただ神から出た者だけが、父を見たのです。
まことに、まことに、あなたがたに言います。
信じる者(信頼する者)は永遠のいのちを持っています。
 

わたしはいのちのパンです。
これは天から下って来たパンで、
それを食べると死ぬことがありません。
 

わたしは天から下って来た生けるパンです。
だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。

そして、わたしが与えるパンは、
世のいのちのための、わたしの肉です。」(ヨハネ6:34~51)

 


天の神、【主】は、
私たちの周りを取り囲み、守ってくださる方なのですね。

ペテロの時のように、
また、エゼキエルの時のように。

そして、イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
永遠のいのちの生き方を与えてくださるのですから。
 

【父である神】と思いを一つにして生きるという、
イエスと同じ生き方を私たちもに与えて。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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あなたがたは恵みにより、
信仰(信頼)を通して救われたのです。
それは、
あなたがたの力によるのではなく、
神の賜物(プレゼント)です。
エフェソ書2:8(7/17の週の聖句)

 

主よ、私の口を守り、
私の唇を守ってください。
詩篇141:3
 

悪い言葉が唇にのぼることがないように、
ことばにするならば、
聞く人に恵みを与えられるように、
その人を造り上げるために必要な
善い言葉を語り
なさい。
エフェソ書4:29
 

 Ⅰコリント1:18~25
 詩篇73(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』7/17;Ⅲ日曜)

 

    ―――― ☆  ――――


 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
パウロを通して言われるのですね。
「私たち人間は、
自分の善い行い、自分の努力の結果として
善い者になることができて、
その結果として救いに到達できたのではない。

私たちの救いは、神からの、
恵みによるプレゼントによることなのだ」と。

だから、この詩人は、自分の口から出る言葉も、
自分でちゃんと悪い言葉を出さないように気をつけて、
善い言葉だけを言うように努力して、
その結果を神に認めてもらうという生き方では、
神の基準に到達できないことを認めているので、
神に願っているのですね。

 

「わたしたちが、愛のおいて、
自由意思で、自発的に思いを一つにしているように、
わたしたちと思いを一つにする者を造ろう」との
神の創造の目的から「的外れ」になり、
「神のひとりのようになり、善悪を知る者」になっている
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊。

その霊から出てくる思いは、
自分を他の人よりすぐれた者にしようとし、
他の人の足を引っ張り、
他の人を否定する(殺す)思いばかりです。

【父である神】は、
私たちがその思いを押し殺すよう求めておられるのではなく、
代理による処刑を計画してくださったのだそうです。

【御子である神】を
人間イエスとして人の世にお遣わしくださって、
この方がおよそ33歳の頃、
私たちの身代わりとして十字架刑で処刑し、
私たちをこのイエスと合体させてくださって、
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
死刑が終ったもの、死んだものと手続きしてくださって。

 

それで、私たちは、
私たちのうちから出てくる思いは
死んだ者から出て来た思いであると認めて、
イエスの前に差し出し、見ていただき、
受け取っていただきながら歩むのですね。

 

そのうえで、【父である神】は、
墓に納められたイエスを三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活させ、
40日にわたって弟子たちに何度も現れさせ、
イエスが確かに生きていることを見せてのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
ご自身の右の座に復帰させなさいました。

 

そしてこのイエスを通して私たちにもう一人の方、
【聖である霊】と呼ばれる方をお遣わしくださって、
この方によって私たちの心にご自身の御思いを置き、
書き記して、私たちのうちにご自身の思いがあるようにし、
私たちがご自身と思いを一つにして生きるように
してくださっているのですから。

 

それで、この【聖である霊】と呼ばれる方によって私たちも、
悪い言葉が唇にのぼることがないように、
ことばにするならば、聞く人に恵みを与える、
その人を造り上げるために必要な善い言葉を語る思いが
心に来て、
そのように行動するようにしていただけるのだそうです。
神からの恵みのプレゼントとして。

 


この世には知ある者、力のある者もいますが、
神は、知恵ある者をはずかしめるために、
この世の愚かな者を選び、
強い者をはずかしめるために、この世の弱い者、
この世の取るに足りない者や見下されている者を
選ばれました。

 

有るものをない者のようにするため、
無に等しいものを選んでくださって。

私たちをキリスト・イエスのうちにある者にして。

 

キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、
また、義ときよめと、贖いになられました。
だから私たちは自分をほこるのではなく、
神である主を誇るようになります。(Ⅰコリント1:18~25)


それで私たちも、この方に
感謝と賛美を献げながら歩むのですね。
この詩篇の作者のように。
 

私の心が苦しみ、私の内なる思いが突き刺されたとき、
私は、愚かで、わきまえもなく、
あなたの前で獣のようでした。


しかし私は絶えずあなたとともにいました。
あなたは私の右の手をしっかりつかまえられました。
あなたは、私をさとして導き、
後には栄光のうちに受け入れてくださいましょう。


天では、あなたのほかに、だれを待つことができましょう。
地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。
この身とこの心とは尽き果てましょう。
しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です。


それゆえ、見よ。
あなたから遠く離れている者は滅びます。
あなたはあなたに不誠実な者をみな滅ぼされます。

しかし私にとっては、
神の近くにいることが、しあわせなのです。
私は、神なる主を私の避け所とし、
あなたのすべてのみわざを語り告げましょう、と。(詩篇73:21~28)

 

私たちも、人の成長に役立つ、ことばを
心に置いていただきながら。
この新しい週も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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主よ、
たとえ私が苦難の中を歩んでいても、
あなたは私を生かす。
詩篇138:7

あらゆる場合において、
私たちは自分を神に仕える者として
証明しているのです。
大いなる忍耐、苦難、困窮、
行き詰りにあってもです。
Ⅱコリント6:4

 ガラテヤ書6:1~5
 ヨハネ6:16~21(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』7/16;土)

    ―――― ☆  ――――

 私が苦難の中を歩んでいても、
天の神、【主】は、私を生かしてくだるのですね。
使徒パウロを、苦難、困窮、行き詰りのときにも
生かしてくださったように。

互いに重荷を負い合うようにも
してくださって。(ガラテヤ6:1~5)

 


 イエスは、自分を追いかけて
人里離れた寂しいところに来ていた人たちを
空腹のまま帰されるのをかわいそうに思い、
少年の持っていた大麦のパン五つと二匹の魚を、
祝福して裂き、
壮年の男だけで5千人はいた人々を
満腹にして帰してくださる方。
 

また、モーセをとおしては、
出エジプトしたイスラエルの民を
海の水を分けて水の底の乾いたところを
向こう岸へ渡らせなさいましたが、

ご自身は、水の上を歩いて、
ガリラヤ湖の強風に悩まされ漕ぎ悩んでいる
弟子たちのところに近づいて来られ、
「わたしだ。恐れることはない」と声をかけられ、
目的地に無事、着かせてくださる方(ヨハネ6:1~21)。


この方が、
そしてこのイエスがお遣わしくださる
【聖である霊】と呼ばれる方が
私たちとともに歩んでくださるのですから。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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神の救いは彼を畏れる者に近く、
慈しみと誠実は出会い、
義と平和が口づけする
詩篇85:10、11

私たちは
信仰(信頼)によって義とされた今、
私たちの主イエス・キリストを通して
神との間に平和を得ています。
ロマ書5:1

 フィリピ書2:1~5
 ヨハネ6:1~15(通読箇所)
   (ローズンゲン『日々の聖句』7/15;金)

 

    ―――― ☆  ――――


 神から来る救いは、神を畏れ敬う者に近く、
この方のもとで慈しみと誠実、恵みとまことはともに出会い、
義と平和は口づけするのですね。
神との平和な関係の中で。

 

ご自身と一つ思いになって生きてほしいとの
神の創造の目的から「的外れ」になって
「神のひとりのようになり、
自分の理性の判断を絶対化し、
自分一人で善悪を決めていく者」となっている私たちの
〔生まれたときからの私〕という霊から出てくる思いは、
利己的で虚栄心に満ちています。

【父である神】は、
その、〔生まれたときからの私〕という霊を
イエスの十字架刑での死に合体させてくださって、
処刑されたもの、
死んだものとしていてくださるのですから。

だから、私の
〔生まれたときからの私〕という霊から出てくる思いは、
死んだ者から出て来た思いであると認めて、
イエスの御前に投げ捨てながら歩むのですね。

 

さらに神は、
死んで墓に納められ、
三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
天の、ご自身の右の座に復帰されたイエスを通して、
もう一人の方、【聖である霊】と呼ばれる方を
私たち一人ひとりにお遣わしくださって、
この方によって私たち一人ひとりの心に
ご自身の御思いを置き、書き記してくださって、
私たちのうちにご自身の御思いがあるようにしてくださり、
私たちがご自身と一つ思いになって生きていけるように
してくださるのですから。

 

それで私たちの心にもキリストにある励まし、
愛の慰め、
御霊、【聖である霊】と呼ばれる方との交わり、
愛情、あわれみがあるようにしていただけ、
同じ思い、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、
思いを一つにして生きるようにしていただけるのだそうです。

へりくだって、
互いに人を自分よりすぐれた者と思うようになり、
自分のことだけでなく、
ほかの人のことも顧みるようにしていただけて。
 

イエスのうちにある思いと同じ思いが
私のうちにあるようにしていただけて。(エペソ5:1~5) 
 

慈しみと誠実は出会い、
義と平和が口づけする中を。

今日も。

 

      ~~~~~~~~~~~~~~~


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