【Day51 2025.10.24 サラマンカ→ Calzada de Valdunciel 15km】
私はサイモンに二つの小さなギフトを渡した。
一つは黄色い矢印の小さなピンバッチ。
カテドラルのお土産屋さんで見つけて、自分用とお揃いで購入したのだった。
彼からもらったバッチを無くしてしまったお詫びのつもりだった。
彼はとても喜んでくれて、絶対に無くさない、と小銭入れに入れていた。
そこじゃ無くすんじゃないかと思ったが、人のことを言えた義理ではない。
もう一つは小さな折り鶴だ。
サラマンカに着いた日、彼はアパートメント近くで私を待つのに疲れ果て、その辺りの階段でぐったりしていたらしい。
そしたら施しを受けそうになったり、宗教の勧誘?の紙を渡されたりしたそうだ。
笑い話だがその紙がずっと机の上に放置されていたので、捨てていい?と聞くと、記念に取っておきなよと彼がいう。
その紙で折り鶴を作って彼に渡した。
“この鶴があなたを良い未来に連れて行ってくれるからね。”
そういうと、彼は思いのほか喜んでくれた。
“サンティアゴで会おう”
私たちはアルフセンのときと同じように大きなハグをして別れた。
しかしその言葉は、アルフセンのときのように本当に小さな望みの一欠片といったものではなく、そこそこ現実味のある言葉だった。
実際、距離はほとんど変わらないし、私の歩みがゆっくりであることと、彼の道が過酷であること差し引けば、概ね同じくらいに着くのではないか。
しかし、そういう時の方が案外、うまくいかないものかもしれない。
結局、サイモンと私が一緒に歩くことはなかった。
今日は朝から雨だった。
目標の15km先の町はアップダウンもなく、道もわかりやすい。
たいした感動もなく午前中に着いてしまった。
まだ誰もいない。
問題は雨でひどく冷えるということだ。
特に一人だと部屋が暖まらない。
外に出るとまた濡れてしまうので、先に買い物を済ませてからシャワーを浴びることにした。
シャワー中から誰かの声が聞こえてきた。
新たな巡礼者のようだ。
今日は結局、私とロシアのご夫妻ナタリアとイゴーの三人だけだった。
午後はずいぶん時間があったはずだが、サラマンカまで来たことを方々に報告していると、あっという間に時間が過ぎてしまった。
日本に向けてはFacebookでまとめて報告し、旅で出会ってきた仲間には個別に報告する。
次々と返信が返ってくるので、その返信にまた忙しい。
特に英語でのやり取りなので、微妙なニュアンスをChatGPTにいちいち聞いたりしていると時間がかかる。
それでもみんなから返信があるのは嬉しかった。
なんとアンナは仕事で数日、カミーノをおやすみしていたそうで、私の後ろにいた。
近いうちに会えるねと言い合った。
寒さと低気圧で、膝だけでなく足元や腰の痛みが気になる一日だった。
アルベルゲの掲示板にはサンティアゴまでの距離が貼られていた。
サラマンカから462km。
今日15kmほど歩いたので、450km切ったであろう。
アルフセンからここまで270km以上歩けたことの嬉しさの一方、あとたった450kmで終わってしまうかと思うと、寂しさが込み上げる。
しかしそれは、これまでのように明るい夜空に見守られ、日の出に感謝し、牛に手を振りながら広大な景色に目を奪われ、汗をぬぐい、シャワーを浴びてテラスで最高のビールを飲むようなものではなく、雲に覆われた先の見えない道を、ひたすら雨に耐えながら歩き、身体の不調が柔らぐこともなく、広いアルベルゲで一人凍える夜を過ごす日々になるかもしれない。
それにはもちろん、怖さや寂しさや不安を感じるし、なぜこんなことをしているのだろうと考えざるを得ない。
もっとただ楽しく、安心の中で普通に平和に生きる道があったはずなのに。
サイモンのメンヘラが移ったようだ。
それでも私たちはカミーノに魅せられてしまっていて、その中にある小さな小さな宝物を探して歩く。
その道がもうあと450kmで終わってしまうと思うと、またきゅっと胸が締め付けられそうになった。
明日も雨だと言う。
私たちは本当に、なぜ歩くのだろうか。