【Day33 Camino de Santiago】2025.10.6 美しい日本語 | ちびタンクのひとりごと

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【Day33 2025.10.6 アルフセン滞在6日目】


10月5日

テラス右側の少し高い塀の隣は、大きな廃墟になっている。

向かいの建屋に滞在するおじさんは、生ゴミをそこに放り投げる。

一体、そこはなんなの?と聞くとアナザーブラックホールだと言う。


彼は、私が滞在している部屋をブラックホールだと言うのだ。

あの部屋に泊まった人は、何日もあそこに滞在する。もちろん全員ってわけじゃじゃないけどね。

そう言って、ヒッヒッヒと笑う。


全く、本当に勘弁してほしい。


そう言えば、アンナも入った途端に網戸を開けていいかと聞いてきた。

空気を入れ替えたいのだと。

そんなに澱んでいるのだろうか。

今度、水着ガールに貰ったパロサントで浄化しよう。


夕方、いつものようにテラスに座って夕陽を眺める。

今日はやたらと鳥が多い。

廃墟が巣になっているようで、幾つもの鳥の集団が暗くなる前に巣に帰っていく。

羽があちこちで舞うのはそのせいだろう。


建物が造る影は徐々に大きく、そして薄くなり、空はゆっくりと落ち着いたブルーに、左右の塀と向かいの建屋の縁はオレンジ色に染まっていく。

そんな光景をぼうっと眺めていると、向かいの建屋のおじさんがやってきた。

持ち手が竹でできた歯ブラシとペンを私に渡し、携帯の翻訳機を見せてきた。

“あなたが一番美しいと思う日本語を書いてください”

そう書かれていた。

数日前、彼は持ち手に“THE SIVLER WAY”と書かれた歯ブラシをプレゼントしてくれた。

銀の道とはこのvia de la plataのことである。

代わりに日本語のものが欲しいということだろう。

すぐには思い浮かばず、明日渡すねと約束する。

美しい日本語、何が良いだろう?


空には月が浮かんでいた。

もうすぐ満月だ。

私が歩き出したのはちょうど一ヶ月前の満月だった。

あれから1ヶ月。

私はこうして、ここアルフセンで月を眺めている。


10月6日

ゴソゴソと動き出す音に目が覚める。

久しぶりの相部屋だったが、アンナは驚くほど静かだった。

そして誰かと同じ部屋にいるだけで、部屋はこんなにも暖かいものなのかと知ることになった。

予想に反して、熟睡から目覚めた朝だった。


いつものようにみんなを見送ると、ダイニングには遅い出発のアンナと二人になった。

彼女はキッチンで丁寧に朝食を作り、持参のカップでお茶を飲んでいた。

私が外の様子を見に行って戻ると、

“シー、食べる?”と朝食の残りのサンドイッチを勧めてくれた。

“うん、食べる”と遠慮なくいただく。

食パンに切ったソーセージを挟んだホットサンドだった。

ここにはトースターがないので、食パンもフライパンで温める。

オリーブオイルを吸った食パンは焼き加減が香ばしく、もっちりとしたソーセージでずっしりと重い。

“美味しい!”というと“トマトも何もなくてごめんね”と彼女はいう。

ごめんね、なんてとんでもない。

まだ温かいサンドイッチがお腹にほっこりと収まる。

“シーの本名はなんだっけ?どういう意味なの”

アンナが聞く。

“シズコだよ。静かな子って意味。私はこのとおり、全然静かじゃないけどね。”

そう言っておどけてみせると、アンナはフフフと静かに笑った。

“それにもう一つ意味があって。

私は静岡県っていうところで生まれて育ったの。それで両親はシズオカのシズを名前につけたの。だから、生まれ育った場所と、静かなと、二つの意味があるの”

そういうと

“とても美しい名前ね“

アンナはそう言って微笑んでくれた。

”日本人の名前は、とても美しいよね。素敵だなと思う”

彼女は私とほぼ同い年で、二十歳になる息子さんがいるのだと言う。

その息子さんが日本の武士が好きで、だから日本語に興味があるのと話してくれた。


ちょうど日の出の時刻で、朝焼けを受けた雲がピンク色に輝いていた。

彼女がそれをバックに一緒に写真を撮ろうと言う。

写真を送ってねと連絡先を交換する。

“この先、素敵な場所があったら教えてね!追いかけるから。”

そういうと、

“うん、またどこかで会おうね。きっと会えると思う。”

と彼女が答えた。


Buen Camino(良い巡礼を)

そう言って、ぎゅっと強いハグをして私たちは別れた。

私はあと幾つ、こんな風にハグを繰り返すのだろう。


美しい日本語は、私の名前にしようか。

新しい竹の歯ブラシを持ちながら、私はまだ頭を悩ませている。