【Day29-2 2025.10.2 アルフセン滞在2日目】
昨日、フランス人のカップルは予約日を間違えていたそうで、結局現れなかった。
代わり(?)に、ドイツ人カップルがやってきたが、ほとんどアルベルゲにいなかった。
結果、向かいの建屋に住むスペイン人のおじさんと、オランダのアムステルダム出身のおじさんと3人で過ごす静かな一日だった。
アムステルダムのおじさんは、御年60歳とのこと。
スマートな出立ちで年齢を感じさせない独特の雰囲気を纏っていた。
落ち着いた物静かな細身のイケオジだ。
私がテラスの日陰に椅子を出して座っていると、昼寝から起きた彼も椅子を出してきて横に座った。
日記を書いて家族や近しい友人に共有しているんだという彼。
携帯を覗くと長い長い文章が書かれていた。
私も似たようなものだ。
私も日記をつけているの。あなたは誰のために書いているの?と聞くと
家族のためかな。君は?と言う。
私は自分のためかな。
そう答えた。
なぜ歩いているのと聞くと、シンプルだけど難しい質問だねと彼は言う。
8年前にアムステルダムからサンティアゴまで歩いたんだ。でも今、その頃と比べて世界はどんどん殺伐としてきているだろう?そんな状況にうんざりして。カミーノで出会う人は違うだろう?
そんなようなことを言った。
もう一度、人を信じたいんだね?
私がそういうと、少し驚いた表情で、彼はそうだねとうなづいた。
そして、もう一度ね、と繰り返した。
それに自分には忍耐が必要なんだと付けした。
忍耐は必要ないんじゃない?
ただ今を感じるだけで良いんじゃない?
ほら、この風や、空や、雲や、木々や...
私がそういうと、
わかるよ、でも忍耐は結果なんだ。
彼はそう言った。
夜、ダイニングで一人、ビールの残りを空けていると、夕食に出かけた彼が戻ってきた。
彼も冷蔵庫からビールを取り出してプシュっと開ける。
私たちはまたぽつりぽつりと話し始めた。
7月に母が亡くなったんだ。
それで歩くことを決めたんだ。
10年前に父を看取った母は、それから旅をするようになって。
いい歳だったし、素晴らしい人生だった。
その母が亡くなって、カミーノを歩きたくなって。
家族に相談したら応援してくれて。
だからこの旅は、僕だけのものじゃなくて家族みんなのものなんだ。
それで日記を書いて共有しているんだ。
そう言って、彼はお母様の写真を見せてくれた。
かわいらしい笑顔の女性だった。
君のご両親は健在かい?
うん。健在だよ。
でも私は、両親に罪悪感を抱えているの。
彼らにはこんな旅が理解できないから、話し合わずに出てきたの。
夫は応援してくれている。
でも、実の家族はね。
そう言うと彼は、そうか、と否定するでもアドバイスするでもなく、受け止めてくれた。
去年、Francigenaを一緒に歩いたドイツ人のマックスのことを思い出した。
ある夜、彼ともこんな風に、お互いの旅の本当の理由を語ったことがあった。
彼は大きな身体を小さく丸めて涙を拭った。
”泣くはずじゃなかったのに“
そういう彼を私はただ見守った。
こういうタイミングは、ときどき神様が与えてくれた時間のように現れる。
今朝はずいぶん回復したと思った足の痛みは、夜にはまた重く感じた。
私も早く歩きたい。
アムステルダムの彼の話を聞いて、なぜかそう思った。
焦る気持ちを胸に、ベットに就いた。