*長文になり1ページに収まらなかったため、二つに分かれています。
【Day19 イノホサ・デル・ドゥケ→ モンテルビオ・デ・ラ・セレナ 35km】
午前2時半
寒さで目が覚める。
ロッカーに仕舞われた毛布を取りに行けば良いのだが、これまでの疲労も相まって身体が動かない。
教会裏の宿は深夜でも容赦なく鐘が鳴り響き、それがさらに眠りを妨げる。
今日は35kmの長丁場だ。
頭では十分睡眠を取らなければと思うのだが、覚醒の方が進んでしまう。
ベット上で身を小さくしてシーツを被り、まどろみを続けるしかできなかった。
コントロールが効かなくなった頭では色々な想いが錯綜し、涙がぽろぽろと溢れる。
誰もいない広いアルベルゲのベットの上で、そんな朝を迎えた。
朝6時
重い身体と頭を無理やり動かし、今日の歩きをスタートする。
外は驚くほど冷たい。
相変わらずあたりは真っ暗だ。
街灯のある舗装路はすぐに終わり、だだっ広い畑の合間をただただ歩く。
360度遮るものもなく、地表からの明かりもない。
空を見上げると、雲ひとつない満点の星が輝いていた。
それはこれまでのどの夜より大きな空に思えた。
今日は新月だそうだ。
月の影響を受けない星々は一層輝いて見えた。
視界の片隅に流れ星が掠める。
時折り歩みを止めて、立ったまま空を見上げた。
すっきりとしない頭でも、星々が見守っていてくれることだけは分かった。
やがて空が黒から濃紺、ダークブルーに移り変わるに連れ、星々は輝きを潜める。
東の地平線が強いオレンジに染まり始めると、あんなに暗かった空が明るい青に変わっていく。
朝8時半。
日の出を迎えた。
幸い、道自体はアップダウンが少なく、路面は比較的コンディションが良かった。
早く宿に着きたい一心でひたすら歩みを進めるが、だからと言って劇的にスピードが早まる訳ではない。
考えごとすら今はもう飽和状態で、思いつく歌を片っ端から大声で歌った。
それさえも飽きてふと上を見上げると、気持ち悪いほど真っ青で大きな空が広がっている。
なぜこんな色なんだろうと思うが答えは出ない。
一羽の鳥が宙を舞う。
こんなにただ青いだけの、恐ろしいほど広い空を飛ぶことが、鳥は怖くないんだろうか?
午後1時
残り10kmを切る頃、疲労はピークに達した。
それでも辿りつかなければどうにもならない。
あとは気合いで乗り切るしかない。
道路脇に連なるすでに枯れかけた草花が、穏やかな風で小さく揺れる。
マラソンの沿道の声援のようだ。
“うん、あたし頑張るね”
ランナーさながら勝手に応える。
街が見えてきた。
あと少しだ。
午後4時半
アルベルゲのチェックインはいつも一筋縄ではかない。
すったもんだの結果、1時間半後にやっと手続きが終わった。
それでもキッチン、冷蔵庫、洗濯機を備える宿に泊まれるのは心底ありがたい。
今日は最初から毛布を出しておこう。
渡されたシーツ類でベットメイキングを済ませた。
今日も宿には一人のようだ。
事務的であってもオスピタレロ(管理人)が帰ると急に寂しさがぶり返す。
これまで、宿で人と出会ってきたことが、いかに奇跡的なことだったのか。
一人になって初めてわかる。
午後5時半
食事を取ろうと外に出るが、日差しはまだ強く人気はない。
嫌な予感がする。
魔の時間であることは承知していたが、バルの一軒や二軒は空いているだろうとタカをくくっていた。
やっと見つけた村人に聞こうと後を追うと、教会に入って行くではないか。
この時間に教会?
ミサの時間にはまだ早い。
訝しみながら教会に入り椅子に腰を落とすと、徐々に人が増え始める。
違和感を覚えた私は翻訳機を使って隣の男性にミサなのかを確認した。
どうやらお葬式のようだ。
慌てて外に出ると、あれほど人気のなかった街のどこから現れたのかと思うほど人々が集まってきていた。
なんだか所在のなさを感じた。
これまでミサでも結婚式でも飛び入り参加させてもらってきたが、流石に葬式はそういう訳にはいかない。
私は旅人で、人々は生活している。
そこに大きな隔たりがある。
私の居場所はここではないのだ。
教会を出ると開いているバルを探した。
町中の全員が葬式に出ているのか、バルというバルが閉まっていた。
それでも町はずれに開いている一軒のバルを見つけ、中に入る。
カウンターには気だるそうな女店主と客が二人ほど。
カウンターに座り生ビールを注文する。
女店主は冷蔵庫から冷やしたコップを出すと、めんどくさそうにビールを注いだ。
ーーーつづくーーー