世界のトッププランナーオフィスを取材し続ける、雑誌Eの編集長のところへ遊びに行く。今のオフィスの動向を聞かせてくださいよ。
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けれども彼からは意外な答えが返ってきた。
どんな「オフィスがいいか」とか、「どんな建築がいいか」とか、正解は無いんです。環境心理学者のロバート・ソマーいわく、人間というのは、素晴らしい適応能力がある、だから「人間に相応しい空間というのはいくら調べても存在しない」と。
だから「どんなオフィスがいいのですか?」という質問は応えられないわけです。つまり人は天井が低くても、天井の高いゴージャスな空間でも、古臭い空間でも、緑があふれる空間でも、適応してしまう。
つまり、「自分がどうありたいか」を決めるしかないのです。
なりたい状態をまず決めて、そのなりたい姿に相応しい空間を作るのがデザイナーなのです。天井の低くて居心地のいい空間に適応する人間になりたいのか、それとも天井の高いゴージャスな空間に適応できる人間になりたいのか。結局はそういうことです。
建築家というのは、「適応能力が高い人間」に対して、「その空間を当てはめていく」という、ある意味でおそろしい仕事なのです。
もちろん、「自分のなりたい状態」を決められない人に対して「今の世の中のトレンドはこんな風だ。」と示すことは出来ます。だけどその人に対してそれが正解だと言うことは出来ません。日本の企業のトップは「どうありたいか」を考えている人が少ないんです。
だけれども、どんな風にありたいかを難しく考える必要は無いんです。雑誌Eの今月号に掲載されている、中央に大きなコンクリートの机のあるオフィス。それは、社長が「最初はみんなでひとつの机を囲んではじめたんだよね。それっていいよね。」という、「一つの机を囲もう」という発想から生まれたそうです。
するとそれだけでその会社の「理念」がわかる。どんなに大きな組織になっても「机を囲む仲間意識を大事にしている。」ことが判るんです。
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なるほど「どうありたいか」か。
身につける靴や洋服、髪型、体型、仕事、付き合っている友人、住んでる場所、よく行く店。自分の好みで何となく選んでいるそれら全てのものは「ありたい自分」と、どんな風に繋がっているのだろう。
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独立したての若き建築家の友人が家を探していると言う。「仕事が無くても誇りの持てる場所に住みたい」、そう彼は話していた。代々木上原でも、原宿でも、青山でも、麻布でもなく、彼の探している場所は「運河か海のそばの、眺めのいい港区か中央区」。
彼には「ありたい姿」が明確にあるのではないかと思う。
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年収何千万円とか、有名建築家になることとか、大学教授になることとか、そういうものじゃなくて、「ありたい姿」っていうのは、うまく説明できないけど、「たたずまい」とか、「品」とか、「雰囲気」とか、そういうものなんだろうなぁ、と思うのです。
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そして、出来ることなら、そんな「ありたい姿」なんて、3年ごとに変わるくらい、「期待を裏切り続ける人間でありたい」と思う今日この頃なのです。
毒を持って生きよ。いっそひとおもい、殺してしまえ。
しづりん絵日記
あーかいぶ 2006年12月14日01:14