【講評】特選五句について 中原道夫選・評 [兼題]当季雑詠
ファイティングポーズで死ぬる枯蟷螂 板見耕人
〝枯れ〟から死に近いカマキリを想像する人もいよう。カマキリには緑色のものと最初から薄茶色したモノが存在して、緑色のものが茶色となり死ぬ―のではないらしい。本能的に何にでも威嚇するポーズを取ることはよく知られる処だ。ファイティングポーズで死んだボクサーは居ない。そこが面白いと言えば面白い。
バーテンが一服点す路地の除夜 土田社会
大晦日でも営業しているBAR。店内で煙草を吸うのは(客が吸ったとしても)憚るのだろう。ときおり外へ出て一服するのだ。団地ならさしずめ〝蛍族〟と言うのだろうが―人が遊ぶとき必ず一方で休まず仕事をしなければならない職業がある。
気が付けば尉となる炭一人酒 木下をさむ
尉(じょう)は年老いた男性の意だが、他に炭が灰になった状態も言う。ここでは炭といっているから白い灰。一人酒は少々演歌調で俗っぽくなるから〝一人酌む〟のほうが少しは恰好が付く。だいぶこの酒肆で長居をしたようである。
所在なく日にち薬の日向ぼこ 小平春草
よく言われる〝日にち薬〟とは実際には存在しない薬。人が亡くなったりして心が癒えるのに少しずつ一日一日時間が解決する、謂わば〝癒し〟時間のこと。それを日向ぼこをする人、何を癒やすかは判らぬが、齢を取っていくことも安寧―心の拠り所なのだ、と。
人間の造りし戦車冬の月 柳沼宝海
時々戦争をやり軍需で潤うことで回している国もあると仄聞する。人を人が殺し合ってという愚かを未だに繰り返す。ここでは月下に浮き上がらせるように一台の戦車(破損していて残骸であろう)だが、人間の戦争のために造ったもの全てを指すと思われる。
<全出句・得点順>
特5 ファイティングポーズで死ぬる枯蟷螂 耕人
特4 バーテンが一服点す路地の除夜 社会
特4 気がつけば尉となる炭一人酒 をさむ
特4 所在なく日にち薬の日向ぼこ 春草
入4 猪鍋の煮える笑いの生まれをる 風写
入4 深山を鎮めしままの冬銀河 風写
4 模試の朝山茶花達はまだつぼみ 社会
4 子供らの秘密の小道竜の玉 春草
特3 人間の造りし戦車冬の月 宝海
3 冬茜太宰の陸橋見納めし 一生
3 冬耕の首を傾げて鳶の笛 耕人
3 十二月女房殿の後をゆく はつ音
3 出番待つサンタに届くお弁当 社会
入2 めくるめく都会の砂漠年果つる うらら
入2 オリオンを仰ぎ用足す帰り道 溢平
入2 神棚も仏壇もありクリスマス 宝海
2 孫嫁ぐピアノなき部屋夜半の冬 宝海
2 短日やステージⅢの悪性腫瘍 をさむ
2 万感の冬木が映す今日の我 はつ音
2 母と待つ手より大きな落葉持ち 一生
2 青年の祝(はふり)駆けたる冬野かな 風写
入1 盤上に和服の袖や日短 亜紀
入1 鶴来たる羽を伸ばしてランウェイ うらら
入1 今年こそ誓った年も暮れにけり 溢平
入1 コンビニのレジ打つサンタアルバイト 溢平
1 冬かもめ恋しい浜はあと少し はつ音
1 風の音や闇見上ぐれば大オリオン 耕人
1 生きてなお四季を感じて年暮るる 亜紀
罪深き禁断の蜜林檎かな うらら
硝子戸の外の小庭や藪柑子 をさむ
軒下に吊るす塩引鮭山の宿 春草
風そよぐ銀杏並木も師走かな 亜紀
丸顔の道産子来る着ぶくれて 一生
次回の互選句会は1月23日(火)午後2時から新橋・生涯学習センター202号室です。