◆高得点句に寄せて

 

男坂登りきれずに大夕焼け  栁沼宝海

 

 男坂は女坂に比べて急である。その名は登山道に限らず、神社の参道や都会にもある。お茶の水・駿河台の男坂は石段で途中に平らな踊り場が一つに対して、女坂には三つある。段数は七十三もある。

 さて、作者は地元の港区にある愛宕神社の男坂のことを言っている。本殿まで一直線に延びる石段が八十六段あり、傾斜が急で怖いほどだ と書かれていた。女坂は、迂回して段数が百七段であるから男坂に比べて緩い。男坂は出世の石段と言われ、ご利益がある。

 作者は、男坂で夕焼け見たさに歩を早めたが、急な石段であるから息も上がり、途中で上るのを諦めた。若干の挫折を味わったが、大夕焼けは街を包み作者も包んだ。体力が落ちたことを実感したが、大夕焼けはそれらのすべてを忘れさせるほど素晴らしかった。私は愛宕神社に参拝をしたことがない。男坂を上ってみたいと思った。(池永一生)

 

 

夕焼けにニタリと笑ふ曼殊沙華  岩田溢平

 

 特選にいただいたこの句を読んだ時、初めに思い出したのは幼いころの故郷(甲斐の国)の秋の光景。土手や田の畔に生える真っ赤な紅色の連なり.よく見ると長い雄蕊と雌蕊も赤い六弁花を数個輪状に付ける曼殊沙華の姿である。田舎では彼岸花とも呼ばれていた。

 この句が詠まれた日の映像は、夕刻に染まる花と時間とともに逆光に輝く夕焼けの風景を撮影しながら作者が感じた.さまざまに変化する画像の楽しさでしょうか。想像以上にバランス良く撮れたファインダーを見て、作者は思わず微笑んでしまった。

 曼殊沙華の名句では「曼殊沙華どれも腹出し秩父の子」金子兜太、「露の村いきてかがやく曼殊沙華」飯田龍太、などがある。(武井たけし)

 

 

<全出句・得点順>

 

5 男坂登りきれずに大夕焼け 宝海

5 夕焼けにニタリと笑ふ曼殊沙華 溢平

4 曾孫抱く骨なきごとし秋うらら 宝海

4 駆け足で生きた幼子秋立ちぬ をさむ

4 まろき海われを包みて月まんてん 青眠

4 初秋刀魚更に細身に研ぎ澄みて 亜紀

4 さしあたりおなもみほどの未練かな 社会

3 新涼や腓(こむら)がへりの仕打ちあり 一生

3 なっちゃんの味方はじいじ鳳仙花 耕人

3 船上の盆踊る手に天の川 青眠

3 清流に映る藁屋根柿紅葉 をさむ

2 白芙蓉一日(ひとひ)ふりゆく人もまた けいこ

2 目につきて片付け始む秋の朝 はつ音

2 余炎を冷ませ歯に沁むコップ酒 溢平

2 秋蝶やゆらゆら迷ひて上る天 溢平

2 古稀集ふどっと方言晩夏旅 一生

2 泣きじゃくる団地の何処か雲の峰 一生

1 クーラーに命継ぎて九月末 亜紀

1 つつましく昭和は遠く敬老会 けいこ

1 みまかれし数だけ咲くよ曼殊沙華 けいこ

1 あるときは地を鳴らしゆく野分かな 耕人

1 楽しみは弁当だけの運動会 をさむ

1 俗名は小さく記され鰯雲 耕人

1 母ゆずり椅子押す手にも秋の風 青眠

1 奥那須にスマホの妻と大花野 宝海

1 破れ蓮疲れ果てたる栄華かな 社会

  野菊むれ十七音の奉づかな たけし

  天空に架かる薫のこぼれ萩 たけし

  彼方此方に羽撃き揺るる女郎花 たけし

  足がただすうっと前へ秋うらら はつ音

  自分との距離を縮めて九月かな はつ音

  虫の音やゴミ出しの朝静まりて 亜紀

  数珠子玉十人十色が平和の世 社会

 

■次回10月24日(火)は中原道夫先生による新橋句会です。