【講評】特選五句について  中原道夫選・評  [兼題]当季雑詠

 

 

蝉しぐれ柩の母の若づくり    板見耕人

 

 最近母上の死に立ち会ったときの作。「送り人」その中に死者に化粧を施す係の人がいて、その技術とやらには近年目を瞠るものがある。作者は母の化粧の思いにも依らぬ仕上がりに若き日の母と対面したかのよう、満足した別れだったようである。

 

ひとり身の急ぐことなし夜の秋  青野はつ音

 

 夫が先に逝ったかその逆か解らないが、当初は寂しい思いをしたよう。しかしその寂しさと引き替えに、自分のペースで何事も運ぶ自由さを手に入れたことに気付く。この先そうは長くないとすれば急ぐことも考えられるのだが、ひとり身がそれを制止する。ゆっくりでいい、と。

 

雲のごと白をたばねて盆の花  栗原けいこ

 

 盆花というと芒、女郎花、エゾ菊(アスター)、百日草、鶏頭、溝萩(精霊花)という(地方にも因るが)処か。最近は初雪草という葉とも花ともつかぬ白い花をよく見かける。その植物と特定はしないが、原色の花の中にあって白い花を束ねる清々しさを愛で供養したい気分になった。

 

黒を着る用事の増えて秋日傘  土田社会

 

 秋日傘からまだ秋暑の時期と思われる。そんな暑さのなか喪服など(慶事もあるが)をどうしても着る必要が、それも段々増えて来るのはいたしかたないこと。それは年齢と世間との柵(しがらみ)の所為。

 

酩酊しベンチの枕天の川  柳沼宝海

 

 したたかに酔って、気が付けば公園のベンチで寝ていたという話。寒い時期は無理だが爽やかな秋口なら気分も良い。天の川も顔前近くまで降りて来て具(つぶさ)に見ることが出来そうである。

 

〈全出句・得点順〉

特7 蝉しぐれ柩の母の若づくり 耕人

特5 ひとり身の急ぐことなし夜の秋 はつ音

特5 雲のごと白をたばねて盆の花 けいこ

 5 夾竹桃祈りの日々の過ぎてゆき 春草

入4 殺意なき殺意めらめら曼珠沙華 うらら

 4 夏の草兵士の墓の星三つ 宝海

特3 黒を着る用事の増えて秋日傘 社会

入3 只一人夏酒仕込む女杜氏 溢平

 3 蟬わんわ鳴いてあの世に飛んでゆく 溢平

 3 きざむ音あの日この日の秋茗荷 はつ音

 3 遠雷や痛みはじめる五十肩 春草

特2 酩酊しベンチの枕天の川 宝海

入2 シアターに涼を求めしポップコーン 溢平

入2 納骨を済ませし昼の冷素麺 耕人

入2 泡虫の泡の中なる一壷天 をさむ

入2 妻詠みし澄雄の句読む秋の夕 宝海

 2 ベンガルトラは水浴びさらば吉野信 耕人

 2 つかの間のヒロインとなる秋あかね うらら

 2 肉体も精神も喰む残暑の気 社会

入1 夏座敷待って待たされ雨の音 亜紀

入1 郷土料理腕ふる姪の玉の汗 亜紀

 1 はしたなきことを言ひたる鬼やんま うらら

 1 仏間にもコロナ歳月蝉しぐれ 亜紀

 1 台風にスターリンクのナビ薦め 社会

 1 担ぎ手の黒髪ふたつ秋まつり をさむ

 1 「アイスーアイスー」声流れゆく軒忍 をさむ

   待ちわびる最終章の残暑かな はつ音

   金魚死すわれより先に逝きしかな けいこ

   送り火の広がる空やマッチの火 けいこ

   何やかやお盆過ぎて墓参り 春草

 

※次回9月26日(火)は会員互選句会(午後2時から新橋・生涯学習センター)です。