先日打ち合わせのあと、熊谷のうなぎ名店「川菊」さんにお連れいただきました。
別棟でしばらく待って、入店!
うな重にするところですが、こちらは「うな丼」がボリュームたっぷりでおすすめ!とお聞きし、迷わずうな丼に。
ふわふわの鰻を美味しくいただき、ちょっぴり計算を誤ってふた口ほど残ってしまったごはんも山椒をかけて完食
その後、忍城つながりで古墳の話が出て、奈良でひとり古墳を眺めにいったことをお話しすると、「近くにありますよ」と。
さきたま古墳群!
行ったことないです!行きたいです!
ということになり、急きょ古墳ツアーにおつきあいいただくことに。
道すがら、忍城も外から。
なるほど、これが「のぼうの城」の忍城か
忍城攻めをした豊臣方の総大将は石田光成、本陣を埼玉(さきたま)古墳群の丸墓山古墳に置いたのですが、その折、利根川を利用した水攻めのためにつくった「石田堤」の一部がこの古墳公園内にも残っています。
歩き始めてまず最初に通ったのは、かわいいサイズの愛宕山古墳。
そしてみえてきた丸墓山古墳は、日本最大級の円墳(6世紀初頭)。
光成になったつもりで、古墳の上に登って忍城を探してみました。
うん、あれかな?間違っていなければ、櫓が見えてたと思います。
この古墳群のうち、一番最初につくられたのが稲荷山古墳(5世紀後半)。
こちらも上に登れました。
銘文が刻まれた鉄剣が出土したことで大変有名ですよね。
前方部は昭和13年の土取りで消失してしまっていたそうで、現在は復元された姿とのこと。
それでも、埴輪や土器がわんさか出てきた。
二子山古墳は、武蔵国で最大の前方後円墳(6世紀前半)!
ほかにも、琴を弾く男子埴輪が出土した瓦塚古墳、奥の山古墳(ともに6世紀前半)、一帯が忍藩の砲術訓練所となっていた鉄砲山古墳(6世紀後半)など、み応え十分。
資料館にも閉館ぎりぎりで入ることができました。
関東の古墳をめぐって本を書いてみたいですね~、などと軽く口にしてしまいましたが、関東エリアだけでも膨大な数
そう、たとえば群馬は古墳の宝庫ですから(そのことはかつて坂口安吾の著作で知った)、グンマーとしては地元だけでも制覇したい。
資料館内の年表によると、群馬で古墳建造が始まったのは、埼玉よりもかなり前。
東日本最大の古墳も、東日本唯一の特別史跡古墳も、群馬にあるのだ!
とくに群馬は渡来人との関係も深いですし(これは関東一帯に言えることではありますが)、想像が壮大に広がってワクワクしてしまいます
おかげさまで、思いがけず充実した半日を過ごさせていただきました。