けいちゃん、妊婦なのにあせる長~いブログ有難う!


そして8時間待ち・・・あり得ないね・・・

本当にお疲れ様(ノ◇≦。)!!



さて、けいちゃんが書いてくれた文、何回も読み直して考えさせられたよ。


ちょっとコメントでは思いを書き足りないので、書く事にしました。



>学生のころは、環境保護のことばかり考えていたので、農業はどちらかといえば、環境破壊ではないかと思っていたのです。

>自然を切り開いて土地を耕して酷使するし、その周辺の土地にも農薬をばらまくし。

>有機農業であれば、農薬汚染はないかもしれないけれど、差し引きゼロで自然環境にとってプラスではない、と考えていました。(人間ぎらいだったのかも。)


これ言ってたね~懐かしいわ。

でも後でけいちゃんも言ってるけど、農業が無いと私達の生活って成り立たないしね。

それに自然に触れる事であらゆる事に感謝する気持ちって育まれるんだと思う。



>1人(または複数)の人間の一生を一番最初から(終わりまでは無理だけど)見守ることができるんですよ。
>なんにもできなかったのが、練習して歩けるようになって、しゃべれるようになって、ヒトってこうやっていろいろできるようになっていくんだな~と、しみじみ思いました。

>子育てって、人間の本質をみていくプロセスであって、自分の人生の再確認でもあるのですよね。  



そうだよね~!素敵なのよ★

そして日々、自分の親や彼の親、自分に関わってくれた全ての人に感謝したくなるんだよねぇ。

こんな思いして産んでくれて、育ててくれて有難う(。>0<。)!!って。


つい怒ってしまったり、自分の思い通りにならない事で周りに文句を言ってしまいがちだけど・・・。


でもここまで育ててくれた事・見守ってくれた事・無事に生まれてきてくれた事・元気に育っている事・・・全てを当たり前に思わないで、今日も一日無事に過ごせて有難いって感謝しなくちゃいけないんだよね。


いつも叱りすぎてしまった後や周囲に不満がある時なんかいつも思い返すんだ。


こーたとゆきんこの成長を見られてどれだけ幸せかを。


自分も周囲も元気で一緒に過ごせる事がどれだけ幸せなのかって。


子育ては本当に奥が深いよ・・・。

子どもに与えるものより、きっと親が与えてもらう方が多いね。

再確認でもあり、再教育を受けている感じがする(笑)



>それと、「子育て」といっても、親が子供を育てるということではなくって、子どもはどうやっても自分で育っていくのです。

>親ができることといったら、子供が自分自身で上手く育っていけるために、なるべく「良いかな」と思う環境を作ってあげることしかない。



そうだね~。

性質は生まれもってのものだけど、性格は形成されていくものだから育っていくにしても身近な親の影響って大きいと思う。

「良いかな」と思う環境はそれぞれ違うと思うけど、みんなの「良いかな」って一度聞いてみたいかも!



>つまり、赤ちゃん(もっといえば受精卵)という小さな種のなかに、すでに将来出てくるすべての形質が入っていて。子育てはそれがどんどん発現していくのを見守る作業なのだな、と実感しました。


この表現、すてきだね。

うんうん、って感じ★






>農耕民族なのに農業を忘れちゃいけないんです。


>こうやって都会に住んでいると、自然と調和して生きることを忘れがちです。

>ただ、野山を歩いて自然と親しむこともよいのですが、農業を通して自然と調和していく、自然調和型の農業を追求していくことが人(農耕民族の人)としての存続上不可欠なのです。

>農業が持続的でなかったらまずわたしたちの未来はないですからね。


>そこで、「子育ては見守ること」と書きましたが、でも、できるだけ、自由でかつ全人的な人間に育っていってもらうためにも、(悠菜の「悠」(どこまでもはるかにみわたせる心)の字にはそんな意味をこめました。)

>子供たちには小さい頃から、農業に親しんでいって欲しいと願っています。

>畑で作物が育って、それを食べて自分は生きているのだと、実感しておいてほしいと思っています。

>子供のころから農業を通して自然に親しむのと、大人になってから、こんなふうに頭で考えて農業に参加するのとはまた違った意味があると思うのです。


ずい分飛んでこの文。

勿論、この前の分も勉強になる事ばかりだったよ。ありがとね。


昔と違ってこの辺りも随分自然も減ったしね。

私の小さい頃は水田が近くにあったんだよ。

雨の日とかじゃばじゃば入って遊んだり(←今思えば超迷惑・・・)、収穫後の稲の残りを引っこ抜いて投げ合いして遊んだりしたな。(良かったのか知らないけど・・・)


自分で育てたわけではないけど、身近にそういうものがあってすごくよかったな。

ちょうど今の時期には蛙がうるさいくらい鳴いていたり、秋には稲穂が綺麗だったのも思い出すアップ


そういう経験がこの地域に住んでいるだけではもう出来ないよね。

大人が意識して体験していくようにしないと。


自然と調和していかない事には人間の未来は無いって強く思う。


生きる事って食べる事なんだよね。

どうしたら食べられるかというと育てたり獲るしかないんだよね。

自分はあまりしなかったけれど、子どもの頃からそういう経験をするのってとてもとても大切な事だね。


でも私達が大人になってからこういう風に考えて参加する事も素敵だよね!

だって私達の子にこうして伝えていけるし、自分達にとっても何かを育てる事で様々な問題を考える事が出来るし。

大人になってからでも気付けてよかったな・・・と思うよニコニコ

ゆうなちゃんの名前に込められた思いも素敵だね!!


>そこで、今回のバケツ稲づくりですが。


>お米は、日本人の主食で毎日食べているもっとも身近な作物ですよね。私たちにとってはまさに、”No rice, no life.”です。

>バケツ稲はその米がどこから来ているのか、どうやって育つのか、っていうのを自分たちで育てることで実感しよう、という1つの試みです。


お米って大事だよね~。

日本人の体はお米に慣れ親しんでいるから、離乳食にはやっぱりお米がいいって聞いたな。

自分達のルーツが何なのか考える意味でもとってもいいよね!

ちょうど大地の稲作体験にも行けたし、けいちゃんが提案してくれた事でうちでも実際育てる事が出来てよかった!

ちょっとうちの稲元気なくなってきてるんだけどね・・・。

これから注意して見ます!!(>_<)



>なんだか、やたら長文ですが、文章が下手で伝わらないかも。
>要約すると、子育てになぜ農業が必要かというと、子供たちには「なるべく、広く正しい見識をもった人に育ってほしい」と思う親ごころから、「農業は私たちのベースになっているものだから、それが社会の構造上私たちから切り離されてしまっているのなら、子育ての時点で結びつけておく環境づくりをしてあげましょう」ということかな・・・。


よく伝わったよ!

よくこんなにきちんとまとめられるね~!!

すばらしいわо(ж>▽<)y ☆



>前回の流れでシュタイナー的にみれば、最初の7年期は心と身体を育む時期であるので、子供にとっては、身体をつかって土に触れて、いろんな生き物をみて楽しい。収穫物を食べておいしい。という感覚でよいと思います。


>そんなわけで、次回は、私たちの生活と農業を結びつけるには、どんなことができるかというようなお話合いをしたいと思います。


世界が真実で溢れている事を伝える為に本物に触れさせる事が大切なシュタイナー教育的にもぴったりなんじゃないかな?!


大切な事ってさ~どこかで繋がっているんだよね!



本当にこんなに長文お疲れ様!!

なんだかもう一講義受けた感じだよ★


みちよさんも色々思う事があった合格とメールをくれたけど、私も色々考えさせられ、それを皆に伝えたいと思ったので今回は引用という形にしました。


講義も楽しみだわ~けいちゃん本当に有難うね!


人間嫌いの時も付き合いが続いててよかった(笑)