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ヒロさんと出会ったのは鍼灸師になって一年目の夏のころだった。
業務委託の派遣先となったクリニック、鍼灸施術を希望される入院患者さんの病室への訪問であった。
その時満97歳。入院生活が長いのだが、まだまだお元気そうでよくお喋りされる。
小さな体でまあるい顔立ち、ニコッと笑ったのがそのまま皺に刻まれたかわいらしい方である。
ここでの施術時間は長くても約20分程度、
ヒロさんはお灸が大好きで施術はほぼお灸のみ。
その15分から20分間にヒロさんはズ~ッとしゃべりたおすのだ。
奄美大島の出身で少女のころから80代まで紬の機織りを仕事にしていたこと、
子供の頃、貧しかった島での暮らしの話、そのころは近くに医者も病院もなく、
お灸をするおじいさんがやってきて大概の身体の不調や病気を治してくれたこと、
自身も子供の時からお灸で元気にやってこれたこと、だから今でもお灸が好きだということ・・・
自分たちでよもぎを乾燥し挽いて「フッツ」(=もぐさのこと)をつくっていたこと・・・
本土に来てから経験したいろいろなこと・・・
子供たちのこと・・・
などなど、これまでのヒロさんの人生を毎週1~2回聞き続けて、
たぶんヒロさんの自伝を代筆できるのではなかろうか、と思うほどにたくさん、また何度も聞かせてくれるのだ。
いろいろ話をしているうちに、ヒロさんと自分は誕生日が1日違いであること、同じ干支であること、
ヒロさんが住んでいた家と近くであることなど分かってきて、実に近しく感じるようになる。
そうしていつしか、この病院鍼灸の日はヒロさんにお灸をしに行くのが一番の楽しみになってきたのです。
「お灸をしに来ましたよ」と声をかけると、決まって
「忙しいところにありがとうねえ。
治療代もフッツ代も線香代も払わないといけないのにねえ。」とおっしゃる。
「これは全部病院への支払いに含まれているんですよ」
と毎回言っても、いつも同じ会話で始まる。
「お灸すると血がよく流れるようになりますよー。体が温まって今夜もよーく眠れますよー」
「先生はもう長くお灸されてるんでしょ。うまいねえ。」
「これからもたくさんの年寄りを助けてねえ。」
未熟な施術なのに、こんなにも喜んでくれる人がいる。
毎日のいろいろな患者さんの施術結果の良しあしに一喜一憂する駆け出しの自分にとって、
ヒロさんの一言一言にどれだけ励まされ慰められたことか・・・
普段は比較的元気そうに見えるヒロさんも、入院患者であることに違いなく、
体調がすぐれず他の専門病院へ2~3度移られたこともある。
でもまたクリニックへ帰ってくるのだ。そこがまるで我が家であるかのよう。
「自分で身の回りのこともできなくなって・・・、もうはやくオジイサン(旦那さん)が迎えに来ないかね~」
と時々弱気なことをおっしゃる。
かと思うと、
「元気になったら先生のところへ遊びに行きたいね~、出来るかね~」
ともいわれる。
「夜に目が覚めると、先生はどうしているかね~と思いますよ~
どうぞ先生とご家族が幸せでありますように、と神様にお祈りしますよ~」
とニコニコ顔で話すヒロさんが、神様のように見えます。
長生きされている方は、それだけでもう尊い。
ヒロさんに出会ってから3年が過ぎた秋、
100歳の誕生日を迎えて数日後、
ヒロさんの寝ていた病室のベッドは空になりました。
人生の中でいろいろな出会いがあります。
仕事における出会いもその一つ。
鍼灸師としての自分が、いまどうであろうか? そう考えるとき、ふと思い出す大切な方との出会いがあります。