戦国末期の日本26聖人殉教をご存知ですか🕊️
仏教とキリスト教が激しく対立していた時代、
豊臣秀吉が統治していたときの事件です
キリシタンは迫害され、隠れキリシタンにならざるを得ないのでした
彼らはひそやかに平和を祈りました。
1597年1月、外国人神父、修道士を含む24人のキリスト教信者が捕らえられました
そのなかには10代の子どもも含まれました
京都、大阪で次々に捕えられ、
耳を削がれ、引き回しに遭ったのです
そして…スペインからの侵略を恐れた豊臣秀吉による言い渡された罪状により、長崎西坂の丘までをひと月かけて歩くことになったのです
先に待つものは、磔刑でした
途中、自ら名乗り出た者2名を含んだ26名でした
聖パウロ三木は当時33歳、イエズス会の修道士であり、説得力のある語りで聴衆を魅了した優秀な人物でした。
長く短い、しかし長い道すがらにも説教を続け、また いよいよ槍に倒れ命尽きる間際までも、
説教を続けた高尚な人物です。
彼が最期のときまで説いた言葉が
「私はれっきとした日本人である。
私はキリスト教を信じただけで(『愛を信じただけで』)殺されるのである。
それでも、太閤様と、この処刑に関わる、
すべての人々を 赦します。」
ここからは、思いを書きます
…自分は、仏教も、キリスト教も、好きです。
奇しくも私の住む街には、国宝永保寺と日本三代修道院のひとつが 隣接して建てられています
私の住まいには、神棚を祀っていますが、手作りのロザリオ📿も、持っています
個人的に、僧侶が修道院に勉強に、
修道士がお寺に研修に、行き来したらよいのではないかとおもいます
争い、果てて、仲直りをしたときのパワーは、測り知れない…
いじめも、なくなるのではないかと
次世代に、繋げたい
小さな親切や…
26聖人殉教だって、雪の日を裸足で歩き続けるなんて、物理的に無理があったはずです
道中、たくさんのだれかの労いがあったはずです
わらじを渡した人が、あったかもしれない
役人がそれを、したかもしれない
でなければ、歩き続けられなかったはず
…豊臣秀吉さんも、無碍に処刑に踏み切ったわけではないと、史実にあるそうです
胸中を語り、何度も改教を説得しました
そして財産も領土も地位も投げ打って信仰を貫いたキリシタン大名、高山右近がいます
やったやられたの時代、
寝返った裏切られたの時代、
今も… 2000年経っても、420年経っても、
まだ変わらないのです
私たちができるのは、小さくて、大きなこと
小さな親切や、いたわり、ねぎらい、仲直り…
人間だけじゃなくて
平和への道は、地道にナチュラルにできることばかりです
そしてね
これ奇遇なのですが、
26聖人殉教が2月5日
西坂にある26聖人像の彫刻家が逝去されたのも2月5日
高山右近 逝去も2月5日
私は、運命はあるとおもいます ❄️

