我が家の日曜日は、朝9時半の教会から始まる。
13歳の長女は、早朝から部活動で最近なかなか行けないが、次女はまだ私と一緒に行ってくれる。
出かける前、何故そんな話になったのか、、、
「うち、男の子に生まれたかったな、、、だって、告白してもらえるもの」
近頃は、女の子が告白して、男の子は待つ側だそうな、、、
実は、私も結婚のプロポーズをした方で、された方ではなかった。
教会では、命はやわらかで、しなやかで、形にはまらない、、、と言われた。
親は、こんな子を産んでやる、、、と言って、子が生まれるわけではない、と。
子は、親の意思とは全く関係なく生まれてきて、社会に触れながらそこでの決まりを学び
自分が作られていく。
やわらかで、しなやかで、形にはまらない、、、
本当にそうだった。
子どもたちが小さい頃、型にはまらなくて良いよ、、、というつもりで育てていた。
今、社会に出ていく前に、社会での他者とのかかわりあいにおいて、ある程度決まりごとの中で
でも、彼女らしく、伸び伸びと生きていけるように、それを支えていきたいと思う。
午後、川の土手を次女とスロージョギングした。
公園に来たかった次女は、父親が日本にいた時に事を思い出して、
私に語ったくれる。「パパがこうしてくれた」「ああしてくれた」と。
彼もまた、母国で元気に彼らしく生きている。
それを感謝しよう。
きっと、子どもたちも分かってくれる時が来るだろう。
言葉は、人が考えている以上に生活に密着した大切なものだ。
勉強しなかった、、、とか、なまけものだったとか、、、言いたいことはいっぱいあるけど、
それもまた、彼だった。彼は彼で必死に頑張ったんだ、、、。
だから、それで良いのだ。
柔らかく、しなやかに、型にはめることなく、今日も生きていこう!