抗精神病薬の副作用として、手足の振戦や、小刻み歩行など、パーキンソン症状が有名である。セレネースなど昔の薬ではこの副作用が多く、しばしば副作用止めとして、アキネトンやアーテンなどの抗コリン薬が併用されていた。現代では、非定型抗精神病薬で治療されることが多いため、抗コリン薬を使うことは少ない。というか、口喝や便秘などの副作用に加え、認知機能低下も来す、ということで、抗コリン薬自体が嫌われ者になっている。

 

 ある時、気分が不安定とのことで紹介されてきた30代前半の女性。診断は“双極性感情障害”。数年前に発症し、しばしば興奮して泣き叫び情緒が不安定になることや、引きこもったり、強い不安~パニック発作などを繰り返していた。もともと物静かで人と接するのが苦手で、すぐ緊張してしまうというタイプ。紹介状では、この1カ月くらいで、元気がなくなり、家事ができずに、しばしば興奮するとのことで、躁うつ混合状態ではないかとの。

 

 受診時は、おろおろと落ち着かず、しばしば悲鳴のような声を出す。夫になだめられて何とか椅子に座っているレベルであった。会話をしても、「子供が虐められて・・」「買い物にも行けない」「お母さん(義母)がひどい言って・・」などと、不安げにあれこれまとまらない。それでも夫の勧めに従って入院することとなった。

 

 不安焦燥感を伴う躁うつ混合状態といえなくもないが、雰囲気から双極性障害、というより、統合失調症という印象で、まずは十分な鎮静が必要と思われた。

 

 紹介されてきた時の処方だが、双極性障害の維持療法のような感じで

 

 アリピプラゾール6㎎

 炭酸リチウム600mg

 ベンザリン5㎎

 

入院後は、一旦アリピプラゾールを中止し、鎮静作用の強いオランザピン10㎎を投与した。それにより3日ほどで、不穏にならずに話せるようになった。ただ、不安げは表情で、診察の最中は、周囲の物音を気にして、そわそわした様子が気になっていた。

 

 10日ほどしたら、ゆとりが出てきており、笑みもみられ、子供さんのこと、趣味の料理など、少しずつ語ることができるようになった。ただ、わずかであったが振戦を生じ、滑舌も少し悪くなった。オランザピンは、頻度は少ないが、パーキンソン症状を生じることもときどきある。この人自身はさほど気にならないというので、少し経過をみることにした。

 

 この時点での処方:

 

 オランザピン10mg

 炭酸リチウム600mg

 ワイパックス1.5㎎

 ブロチゾラム0.5mg

 

 入院後3週間すると、作業療法に参加し、他の入院患者と話す場面も出てきた。ここで、夫と一緒に面談したところ、夫も、入院時よりかなりよくなったと喜びながらも、手の振戦としゃべり方が少しおかしいのが気になるという。オランザピンの副作用だが、かなり効果が出ており、本人が気にならない程度なので、もう少しこのままにするか、抗パーキンソン病薬(アキネトン)を追加することを勧めた。しかし夫は元の薬(前医で使われていたアリピプラゾール)に変えて欲しい、と要望。

 

 結局、夫の希望に合わせることにした。確かに抗コリン薬は使わなければベターだし、アリピプラゾールを十分量で使うのも一つかと思われたから。

 

 という流れで、オランザピンを漸減中止し、アリピプラゾール24㎎とした。

 

 これで、そこそこ静かに病棟での生活はできたのだが、どことなく不安というかある種の緊張感が感じられ、それまで見られていた表情の明るさがみられなくなった。診察でも質問には概ね適切な答えができるが、言葉の数が減って単調な会話になりがちである。

 

 陽性症状・陰性症状とも悪化したのだろう。明らかにオランザピンより劣る状態である。そこで再びオランザピンを使うことを提案したが、夫は大分落ち着いたし、副作用も出ていないから、今の治療でよいという。本人の方は自分で決めることができず、何でも夫にすがるため、それにうなずく。

 

 結局この患者さんは約2か月で退院し、元のクリニックに帰っていった。その後の経過について聞いたところでは、大きく崩れることはないにしても、子育てや家事などもあまりできず、夫に頼りっぱなしの生活が続いているようである(要はいまいちの精神状態)。

 

 最初に述べたように、今の時代は抗コリン薬を使うことはかなり少ないと思われる。特に若い精神科医の間では、抗コリン薬は原則使わない、という教育を受けているせいか、ほとんど使ったことがない、という医師も多い。しかしながら、この患者さんはオランザピンの方がアリピプラゾールより治り映えが良く、緊張感を減じて、表情を明るくさせていた。だから、必要な時は抗コリン薬の併用を躊躇することなく、オランザピンで治療した方が結果はよかったと思う。これ以外でも、定型薬のハロペリドールは強力な薬で、非定型薬がすべてダメな時でも、ハロペリドールが有効なときがある。その時は、必要に応じて適度の抗パーキンソン病薬を使いながら、当然ハロペリドールを使うことになろう。