うつ病というのは、 “エネルギーの枯渇”が重要なのだが、症状の中で、一番有名なのが、”抑うつ気分”で、うつ病そのもののイメージである。

 

 抑うつ気分とは、その人の自覚的な気分として訴えられることが多く、一般的には「憂鬱な気持ち」というと分かりやすい。他の言葉で言うと、患者さんは「気分が晴れない」「気が滅入る」「気持ちが重く沈んでいる」「気分が落ち込む」「悲しい気持ち」などと表現する。

 

 ただ自覚的な訴えだけでなく、他覚的なものも重要で、「元気がなくふさぎ込んでいる」「涙もろい」「すぐに落ち込む」「表情が乏しい」など、周囲の人から気づかれる症状である。

 

 ある時、外来に来た中年女性。娘によると「2週間ぶりに実家に行ったら、元気がなく寝てばかりのようで、ご飯も食べなくなって」という。もともとは外交的で活発な人だったが、夫が2か月前に病気で入院しており、それが関係しているのでは?とのこと。食事をとらない以外に、やる気が全くでない、過眠、動きが乏しい、気力もない、など症状的には、中等症以上のうつ病、と考えて抗うつ薬を処方。水分もあまりとれない、とのことで輸液を行い、食事がとれないようであれば入院も考えます、と伝えた。

 

 しかし3日後に娘さんから、「やっぱり食べないし動けない」と連絡があり、入院となった。入院後は点滴をしながら抗うつ薬を使用したが、なかなか回復しない。血液検査でも甲状腺機能なども正常で、CTなどでもはっきりした異常はなかった。

 

 困っていたので、当時の院長に診てもらうことにした。その院長はすでに80歳近い大先輩。古風なタイプのドクターだが、うん、どれどれ、と病棟に診に来てくれた。患者さんを診察して、ちょっと不思議な顔をしながらおっしゃったのが、「なんか悲しさがないなあ」。

 

 当時の自分は、うつ病という病気が“エネルギーの枯渇”ということにばかり意識が向いていたせいか、元気がなく、ぼんやりして、寝てばかり、などの症状と、夫が入院した後に発症した、という流れで、うつ病の重いもの、と考えていた。

 

 また“抑うつ気分”という言葉の意味を、単に「気分が落ち込んで元気がない」という意味として捉えていたのだが、本当の意味は、“悲しさ”なのだ、と院長に改めて教えてもらった。その患者さんは、気力がない、動けない、食べれない、のだが、確かに「悲しい」という雰囲気があまりなかった。

 

 ここで思い当たるのが、うつ病の原因について。本来のうつ病では、脳神経の不調がその原因であるが、ある種の身体疾患でも同様の症状を来す。有名なのが、甲状腺機能低下などホルモン異常、認知症やパーキンソン病、脳梗塞などの脳障害、膠原病など。またがんや心臓病などが悪化したときなどに、重いうつ状態を来すことも少なくない。

 

 そういった身体疾患の検査をするのも当然重要なのだが、うつ病?と思った時の患者さんの見方として重要なのが、抑うつ気分の本質としての「悲しさ」が見て取れるか、だろう。気分障害としてのうつ病ではそれがメインの症状となる。一方、身体疾患が原因のうつ状態では、悲しさよりも、身体のしんどさ、気力のなさ、意欲の低下、など、エネルギー低下・動きの乏しさが症状の中心であることが多く、鑑別に役立つ。もちろん、身体疾患により、「動けない、しんどい」ことにより、辛い、“悲しい”気分も出てくるのであるが。

 

 先の患者さんは、その後、一過性に昏迷状態になった後、パーキンソン症状がはっきりしてきて、パーキンソン病に伴う非定型精神病、ということが判明。点滴でしのぎつつ、最後はアマンタジン100㎎で、動けるようになり退院となった。