精神科に受診する患者さんで、お腹が弱い人はしばしばいる。ストレスを受けると、それがお腹にくる、というか、すぐに腹痛や吐き気、下痢などを来すタイプの人。

 

 こういう人が悩みを抱えて抑うつ的になると、もちろん腹部症状が出るが、腹痛というより、お腹が気持ち悪い、という何とも言えない腹部不快感を訴える人もしばしば。この際、消化器内科を受診してあれこれ検査されて精神科へ紹介というパターンもあるが、メインの症状が、うつや不安、不眠、意欲低下などであれば精神科へ直接受診する。

 

 そのようなタイプの人で、職場で嫌がらせを受けたという20代の患者さんについて。

 

 大学を卒業後、公務員となり、自分の希望していた社会福祉の仕事に就くことができた。活気ある職場で、馴染むのも早く、仕事に意欲的に取り組んでいた。就職して2年目に異動してきた人と仲良くなり、しばしば食事に誘われるなどプライベートでも交流。仕事でもその先輩と協力し、非常に信頼されるようになった。ところが先輩からの誘いが頻繁となり、連日のような飲みに行こう、休日にもイベントに誘う、深夜にも頻繁に電話がかかってくるようになった。可愛がられているのだな、と思っていたが、さすがの多さに困って断るようにするも、意に介さずに、電話や多数のメールなど誘いは変わらず、ストレスを感じるようになった。

 

 そして、その先輩と顔を合わせるのも辛いため、朝から気分が重く、起きられず仕事に出れなくなった。出勤することへの不安も強いため、上司の勧めで休職し、当院に受診。「せっかく希望の仕事をしていたのに、先輩のせいでやれなくなって」とのいら立ちつつも、活気がなく、やる気のなさ、不眠による疲労感を訴えていた。

 

 中等症のうつ状態であるため、レクサプロ10㎎を処方した。

 

 1週間後に受診したときは、気分的には落ち着いてきたが、腹痛と下痢がひどくなってきたという。本来うつ病では下痢よりも便秘の方がずっと多く、うつ状態の改善に伴い、便秘も良くなってくる人が多い。この人も初診時は腹部症状の訴えはあまりなかったが、もともとお腹は弱かったという。経過からは、レクサプロの副作用や、うつが良くなってきたことも却って下痢に傾いたと思われた。そのため抗うつ薬はリフレックスに変更。

 

 レクサプロなどのSSRIはセロトニンを増加させるが、それに応じてセロトニン3受容体へ作用も増強。この受容体は消化管を刺激して、嘔気嘔吐を来しやすい。もともとセロトニンは脳よりも消化管に多く分布していることから当たり前と言えば当たり前だが。だから消化器症状でSSRI内服が難しい人では、ナウゼリンなど制吐剤を併用するか、他の抗うつ薬に変えることになる。ただSSRIでは嘔気が主で、この患者さんのように、腹痛・下痢を生じることもあるが、どちらかというと少ない。

 

 リフレックスのいいところは、抗うつ効果はもちろんだが、睡眠の質を改善すること、鎮静的で焦燥感に効くこと(いわゆるactivationが少ない)、そして腹部症状を改善させること。リフレックスは、先のセロトニン3受容体拮抗作用があるので、セロトニン系を増強しつつも、消化器系の副作用が出にくいし、逆に嘔気や下痢を改善する方に働きやすい。

 

 ちなみに抗がん剤による嘔気嘔吐は非常につらい副作用だが、これを止めるために投与される薬(カイトリルなど)は、セロトニン3受容体拮抗薬であり、これと同じ効果がリフレックスにあるのは非常に重要である。

 

 リフレックス投与後は、イライラすることが減り、睡眠も改善して楽になってきた、と表情も和らいできた。しかし不安感と共に、下痢は続いているのだという。「仕事と先輩のことを家でも何度も考えてしまい、そのたびにお腹が気持ち悪くなり下痢をする。こんなにひどいとなかなか外出もできない」。

 

 ひょっとして、リフレックス開始後に悪化したのか?と聞いたが、それはないという。

 

 つづく

 

 うつ・神経症と過敏性腸症候群