NHKのEテレは、自分たちが子供の頃は、NHK教育テレビ、という名前だった。「おかあさんといっしょ」など幼児向けの番組か、真面目な教育番組という印象で、自分も「中学生日記」くらいしか見た記憶にない。それがいつの間にか、Eテレと名前を変えて、結構オシャレな番組になっていた。子供向けの番組や語学番組、など定番ももちろんあるが、知的好奇心を駆り立ててくれる番組「Switchインタビュー達人たち」は、対談の中で、各界のスゴイ人は何が違うのか、を教えてくれる。最先端の科学や技術を分かりやすく解説する「サイエンスZERO」などはスゴイ世界を教えてくれて面白いし、アニメも大人気の「キングダム」や、今の大谷選手を彷彿とさせる野球アニメ「メジャー」も素晴らしかった。

 

 「昔話法廷」はそのEテレで放送されている、短時間ながらよくできている番組である。もともとは裁判員裁判が導入され、裁判というものはどういうものか?を昔話を題材にして、子供と一緒に考えようとするもの。妻に教えてもらったが、ビデオに撮って家族で楽しくみている。面白いのは、昔話を一般に考えられている善と悪のキャラクターを、全く別のとらえ方から裁判を行っていることだ。

 

 昔話法廷 | NHK for School

 

 

 例えば、「ヘンゼルとグレーテル」。よく知られたグリム童話だが、一応ストーリーをまとめると

  1. ヘンゼルとグレーテルの兄妹は、母の死後、継母と父親の4人で暮らしていたが、明日の食べ物もない極貧の生活。
  2. 貧しさに耐えられなくなった継母は、父親にヘンゼルとグレーテルを森に捨てに行かせた。やむなく父親は捨てに行くが、ヘンゼルの機転で一旦は帰宅に成功。
  3. しかし2度目には帰り道が分からなくなり、森でさまよい、お菓子の家へたどりつく。そこでお婆さんにもてなされるが、実は彼女は恐ろしい魔女だった。
  4. 魔女はヘンゼルを檻に閉じ込め、食べようとしたが、グレーテルが魔女をかまどの中に突き飛ばして倒す。そして魔女の宝物を持って、自分たちの家へ帰った。なぜか継母はいなくなり、3人で仲良く暮らすことになった。めでたし、めでたし。

 

 「ヘンゼルとグレーテル」裁判 | 昔話法廷 | NHK for School

 

 もっと簡単にまとめると

 

 「親に捨てられたかわいそうな兄妹が、さらに恐ろしい魔女につかまり殺されそうになる。しかし2人はあきらめずに魔女を倒し、その財宝を手に入れ、家族一緒に幸せになる」

 

 ただしこれは兄妹の作り話かもしれない。そうでなくても、親に捨てられ追い詰められた状況で、お婆さんを魔女と思い込んでの行為なのかもしれない。

 

  “昔話法廷”ではそのように全く違う見方で問題提起して裁判にしている。

 

 「森で迷子になった兄妹を保護した優しいお婆さん。その人を殺して財宝を奪った兄妹は、強盗殺人の罪にあたる」

 

 確かに、そのお婆さんが悪い魔女であったかどうか?兄妹を食べようとしたのか?2人が言っているだけであって、本当かは分からない。2人はまだ小さい子供なので、“強盗殺人罪”というイメージはわかないが、第3者の視点からすると、「両親に虐待を受け、愛に飢えて非行に走った少年少女たち。親切にもてなしてくれた老婆を殺して金品を奪い、親に自分たちを認めさせた」という風な解釈もできる。

 

 もちろん老婆の立場からすると、“魔女”という悪人にされた上に殺されてしまう、というヒドイ話である。現実的には、かなり目が悪い老婆が、子供とはいえ2人を相手にすると力負けしそうである。もちろん本物の魔女なら、油断してやられてしまった、ということになるのだろうが。

 

 その他の人から見るとどうなるか?

 

 魔女の家に案内した白い鳥は、魔女と通じた悪い奴、とされているが、鳥からすると親切心でやったこと、というのは納得できる。放っておくと行き倒れになりそうな子供たちを、知り合いの老婆の所に案内する、というのは、普通に理にかなった親切な行動と言っていいから。

 

 父なら、止む無く捨てた子供たちが、財宝を持って帰ってきてくれてびっくり。子供とお金の両方を得て、自分の罪をなしにし、本当によかった、となる。しかしひょっとしたら、子供たちと結託して、老婆の家に行かせ、財宝を奪ってくるように指示したのが父親だったかもしれない。子供たちを一旦逃がした後で継母を追い出したのも作戦通り?

 

 悪女に描かれた継母からすると、貧乏生活の中で、手に余る子供たちは捨てないと、自分が生きていけないから仕方ない、という想いも分からなくはない。当時は飢饉で、誰もが1日1日を生きていくことでけで大変な時代だったようだし。捨てたかどうか、についても、子供たちを他人(魔女)に預けただけだったのを、子供たちは”捨てられた”と思ったのかもしれない。

 

 いずれにしても、その当事者は、自分にとって都合のいい捉え方、理解の仕方をすることが多いため、人によって事実は変わってくる。ホントのところ、実際はどうなのか?深く考えていくと、何が正しいか判断するのは簡単ではない。想像力が試されるというか・・。分かりやすく善と悪を対比させた昔話にも、「違う見方があるよ」と子供にも大人にも考える機会を与えてくれる面白い番組だと思った。

 

 あとこの番組では、登場する動物キャラにリアルな着ぐるみを着せているのも楽しい。最初はリアルすぎて怖く感じるが、慣れてくると、シリアスな裁判の場に登場するのによくできている。また証言の途中で、ストーリーに沿った挿絵が見られるが、ユーモアをもって意外な場面を描写しており、センスのよさを感じる(ヘンゼルとグレーテルが寝ているのを、温かく見守る魔女のシーンとか)。

 

 この番組をみて、精神科診療についても似たようなことがあるな、と少し考えたが、それは次回にまとめたい。