精神科の入院では、精神症状が悪く入院を拒否する人が多いが、そんな時でも何とか説得を試みる。その時の工夫として、身体診察をするのが自分は好きである。例えば以下のような人。

 

 50代で慢性の統合失調症の患者さん。30代前半で発症し、数回の入院をしたが、幻覚妄想などの陽性症状は目立たなくなった。穏やかな性格の方で、デイケアに10年以上も毎日通っていた。積極的に活動することは少ないが、ゲームの準備や片付けをきちんとやってくれ、他の患者さんからも慕われていた。そんな中、半年前に母親を亡くし一人暮らしとなった。当初はそれまでと変わらずデイケアに来ていたが、徐々に表情の硬さが見られ、元気がなくなってきた。独り言をぶつぶつつぶやいたり、急にかっとなることも見られ、精神病症状の再発と思われた。

 

 疲労感もあり、顔がげっそり痩せてきたため、デイケアスタッフからの依頼で血液検査を行った。するとBUNやヘマトクリットの上昇など脱水を思わせる所見と共に、CPK1200と上昇しており、入院を検討していた。

 

 その3日後に、病院の外来で大声を出し、その後は無言で動かなくなった。ここで診察をしたが、じっと椅子に座って目はうつろで、ぼんやりとしている。幻覚妄想などについて何度か質問をしても「ないです」と淡々とつぶやく程度で反応は少ない。病状としては精神病性の亜昏迷状態であり、一人暮らしであることも考えると入院が必要な状態であった。しかし「いいです」「入院はしません」と頑なで、耳を貸そうとしない。

 

 そこで「脈をとらせてください」と頼むと、素直に右手を出してくれる。もとより疲労と緊張により手は汗ばんでおり、120以上の頻脈であった。さらに胸部や腹部の触診・聴診もさせてもらえた。呼吸音は正常だが、呼吸は浅く軽度の頻呼吸。腹部の蠕動音は正常だったが、側腹部に汚れと軽い擦り傷があった。そんなことをしている内に、表情も和らいできたので、再度説得を試みることに。「今は身体の疲れも強いし、検査の結果も悪いので入院しましょう」と言うと、一緒に立ち上がってくれた。

 

 この人は兄に連絡が取れ、医療保護入院となったのだが、手をとって病棟へ誘導するとゆっくりと素直に入院してくれた。

 

 精神疾患のでは、病状が重いと身体的にも不調を来していることが多い。幻覚妄想やうつによる希死念慮などで疲弊し、入院が必要レベルならそうである。こういう人が治療を拒否する際の説得の工夫が、身体診察である。精神科医の診察は、面接だけ、のように思われがちだが、医師なので当然、身体を診ることもできる。頻脈や頻呼吸、脱水や発汗過多など皮膚の変化、筋肉疲労(張りや痛み)、振戦などが見られることが多い。特別な身体疾患による異常を見つけることは少ないが、短時間の診察で、身体に直接触れることで、安心感を与えるのが大きいと思う。不安の強い患者さんでも、相手が“医師”ということで、身体への接触を受け入れてくれるのもありがたい。さらに、身体的な不調を指摘し、それを入院理由の一つ、と説明すると、患者さんの理解を得やすい。

 

 もちろん精神症状の原因に、身体疾患や外傷が潜んでいることもあるので、検査もだが、最小限の身体診察はしておきたい(相手が女性だとしにくいけど)。

 

ちなみに患者さんが病院にくるのを拒んでいる時に、家族が説得するのにも、「体調が悪そうなので、病院に行こう」というのも、無理やり連れていくよりずっといい方法だと思う。