向精神薬を服用している患者さんが、他の病気にかかって薬をもらうことはもちろんよくある。その際に「胃腸科で薬をもらったんですけど、一緒に飲んでいいでしょうか?」などと質問を受けることがある。もしくはそこの医師の方から問い合わせをしてくれることもある。

 

 これは「薬の飲み合わせ」についての質問で、正式には“薬物相互作用”という。その中で一番注意しておきたい薬が、抗生剤のクラリス(クラリスロマイシン)である。

 

 これはマクロライド系の抗生物質で、咽頭炎、気管支炎などの気道感染症、感染性腸炎、副鼻腔炎や外傷性の皮膚感染症など、種々の感染症に有効な抗菌薬である。胃潰瘍や胃がんの原因となるピロリ菌の除菌にも使え、さらに慢性気管支炎や慢性副鼻腔炎などでは、抗菌作用以外の機序で、これらを改善する効果も知られている。このように多岐にわたる効果があるため、クラリスを好んで使う医師も多い。

 

 だが、この薬は向精神薬との相性が悪いので、精神科の患者さんには自分は絶対使わないようにしている。

 

 クラリスは肝臓の酵素(CYP3A4)の働きを非常に強く阻害する(邪魔する)作用がある。このCYP3A4と言う酵素は、多くの向精神薬を代謝・分解するため、この酵素が働かないと、向精神薬の濃度が下がらず、副作用が出現・増強することになる。

 

 例えば、睡眠薬のベルソムラ(スポレキサント)は、クラリスを使うことで、肝臓での分解が大きく低下し、体内に貯留するため、その睡眠作用が顕著で眠気がなかなかとれなくなる。そのためベルソムラを飲んでいる人に、クラリスは併用禁忌となっている。

 

 ベルソムラほどではないが、多くの向精神薬はCYP3A4による代謝を受けている。ハルシオンやコンスタンなどのベンゾジアゼピン系の抗不安薬、睡眠薬。ゾルピデム(マイスリー)やデエビゴも同様。クエチアピン、リスペリドン、セレネースなど、ほとんどの抗精神病薬、特にロナセンは併用禁忌。三環系抗うつ薬への影響もある。

 

 以前、双極性障害で、クエチアピンなどの薬物療法を受けていた患者さんから、週明けすぐに電話で相談があった。彼女は足を怪我して化膿したため、週末に近くの診療所を受診し治療を受けた。ところがその後、異様な倦怠感と眠気が出現。「動けなくなったくらい」。ともあれ受診してもらうと、抗生剤としてクラリスが処方されていた。

 

 詳しく聞くと、傷の治療はよかったが、クラリスを飲んだ翌朝に強い倦怠感を生じた。クラリスはもう1回飲んだようだが、「この薬のせいでは?」と自分で思って止め、自分に相談したのだった。で、セフェム系の抗生剤を代わりに処方した。

 

 このように向精神薬の濃度が急に上がると、結構な副作用が出て大変なことになりえるので、精神科の患者さんにとって、“クラリス”は出すのはかなりリスキー。同じ理由でマクロライド系のエリスロマイシンも使いたくない。抗生物質は他にもいっぱいあるのだから。

 

 どうしてもクラリスが必要、と言われるときがあるとすれば、慢性気管支炎や慢性副鼻腔炎で困っている時なのだろうが・・その時もせめてエリスロマイシンにして欲しい。

 

 ともあれ、クラリスは一般的によく使われる薬なので、自分の患者さんが他の科で薬をもらったという時には、まず第一にチェックしている。