患者さんの状態に変化が見られ、看護師から連絡を受ける場面。「一応報告です」というレベルならいいが、気になるならきちんと診察に病室へ出向いて診察する。医師として当たり前と思われるが、案外それをしない医師もいる。明らかに患者さんの状態に変化があって、看護師から診察を依頼しても、めんどくさそうに電話に出て、毎回「はいはい分かった。様子見といて」くらいで済ませてしまう人。年を取ってくると、自分は経験がある、ということも相まって「そのくらい大丈夫だろう」となりがちなんだけど。

 

 自分はそうならないよう、なるたけ直接診察をするよう心がけているが、それにはある先輩研修医の教えがある。当時はあまりポピュラーでなかったが、総合病院でレジデント(研修医)として、色んな科を回っていた。その1年上の I 先生は、他の指導医とは別に、身近な先輩として診療の基本を指導してくれていた。その先生は知的なイメージで口ひげがトレードマーク。一見物静かでクールに見えるが、廊下であってこちらが会釈すると、それ以上に丁寧に会釈を返してくれる優しい人だった。

 

 レジデント2年目の終わり頃、医者としての仕事に少し慣れ、横着になりがちの時期。看護師に対してもちょっと偉そうになり、「そんなことでいちいち呼ぶな」なんて思ったり。そんな時、I先生から「患者に変化があった時は、自分で出向いて直接診るものだよ。そうしないと分からないこともある」と言われた。

 

 ある時、入院中の患者さんが腹痛を起こしたとの連絡あり。症状を聞くと大したことなさそう。近くにいた後輩研修医に少し診てもらったが、念のため主治医である自分にも連絡したらしい。若い看護師からだったし、「心配しすぎだろう」と思ったが、I先生の言葉を思い出し、診に行くことにした。指導医に怒られないように、という思いもあっただろう。

 

 すると、看護師の報告になかった症状、腹痛は軽度だけど、腹満に加え腸管蠕動音の異常に気づく。「これはイレウスっぽいぞ」とレントゲンを撮って、その後の速やかな治療につながった。このことをI先生に話すと、「看護師や他の医師の言うことだけでなく、やっぱり自分が診てどう判断するかが大切だよね」と言ってくれた。

 

 ”自分で診察する癖”。20年以上前のことだが、時に看護師に呼ばれて診察に出向きながら、このことを思い出し、「若い頃に受けた教育って大事なんだよな」と感じたりする。今の自分くらいの年齢になると、電話で済ませられるレベルかどうか概ね判断もできるし、診に行くのが「ちょっと面倒」となりがちなのだが。医師が行って「大丈夫」と告げるだけで、患者さんや看護スタッフを安心させる効果もあるし。

 

 ちなみに精神科の紹介患者さんも、前医の診断や治療を鵜呑みにせず、自分で診察・考えて治療している。そのままの治療を引き継ぐだけなら楽だけど、改めて自分が診ると、「前医と違う見方ができるかも」。経過があまり良くない人では、治療の転機になるかも、と思いつつ。