悪性症候群(Neuroleptic malignant syndromeNMS)は、抗精神病薬の開始、増量や変更の際に起こるとされている。発熱、錐体外路症状(EPS)、自律神経症状、意識障害などを呈する重大な副作用であり、身体的症状以外に精神病症状の悪化を伴うことも多い。80%以上はその1週間以内に起こる。デパケンやリチウム、抗うつ薬でもありうるというが稀。抗パーキンソン病薬の減量の際にも注意が必要である。

 

悪性症候群と名付けられて、かなり危険で死亡率が高い、と昔は言われていたが、早めに対処すれば、現在の精神科医療としては、さほど恐れる病態ではないと考えている。

 

発生頻度:抗精神病薬投与者の0.10.2%

発病後の死亡率:4%程度?

と言う文献があるが、詳細には分かってはいない。

 

症状や検査所見をまとめると:

1.発熱:38℃以上

2.錐体外路症状:流涎、振戦、嚥下障害(重要)、筋強剛=歩行など動きのぎこちなさ、歯車現象

3.自律神経症状:頻脈、血圧上昇、頻呼吸、発汗過多、尿失禁

4.意識レベル低下、カタトニア(興奮、無動、昏迷)

5.血液検査:CPK上昇、白血球増多

 

典型的な悪性症候群に出会うことは稀だが、それに類似した病態に出会わすことが時にある。すなわち、抗精神病薬を変更した時に

1.錐体外路症状の悪化 =歩行の悪化、手の振戦で気づかれやすい

2.精神状態悪化(思考障害、昏迷、興奮など)、意識障害など =当初は、思考の混乱やぼんやりする程度のことが多い

 

この際は、発熱がなくても血液検査を行い

1.CPKの著明な上昇(多くは4桁)とAST軽度上昇

2.白血球増多

 

となると悪性症候群が心配になる。この段階では、発熱や自律神経症状はこの時点ではあまりない。

 

対応としては

1.まずは安静に、入院者なら、観察ができるベッドで。

2.疑わしき薬剤を減量・中止。ベンゾジアゼピン系は呼吸がよければ入れておく

3.嚥下状態(EPSで悪化しうる)を確認して食事の中止や変更を検討(誤嚥の予防)

4.水分摂取量に応じて輸液:少なくとも1000ml/日は入れたい。発熱や経口摂取に応じて

5.管理としては、観察室でバイタルチェック、呼吸、尿量、嚥下状態など

6.嚥下状態がかなり悪い時や、筋強直が強い時はダントロレン。ただし必要としないことも多い。

 

この後、2~3日で速やかに、筋強剛、精神症状、運動機能、自律神経系などと共に、CPKもかなり改善している。ちなみに輸液が非常に有効だが、筋肉や脳を含めて循環を改善するためと思われる。とにかく輸液!

 

 以後は精神症状をみながら薬剤を少量から再開。この際に副作用が少ない薬に変更するのも良い。普通は、以前より少量の抗精神病薬でコントロールできることが多い。

 

臨床的に遭遇するとすれば、上記の程度がほとんど。38℃以上の高熱を伴う、真の悪性症候群(診断基準通り)は殆ど見ない。

 

 ちなみに、悪性症候群により死亡する直接的な原因は

1.誤嚥性肺炎:EPSとしての嚥下障害、意識障害や昏迷による嚥下障害

2.急性腎不全:横紋筋融解による高ミオグロビン血症~高カリウム血症による心停止

→これは筋強剛や高熱になるほどリスクが高い

3.歩行障害による転倒から重度の頭部外傷

 

くらいと思われるが、めったにない。ただし、基礎疾患がある高齢者や、嚥下障害が強い時など、自院での看護体制を考えて、身体科の病院に転院する場合もある。

 

 ところで、精神症状が急激に悪化、幻覚妄想が活発な緊張病状態になった際、血液検査をすると、CPK10005000くらいまで上昇していることも少なくない(特に多動な人)。このような時に、「CPK高いけど大丈夫か?」と、抗精神病薬の投与にちょっと悩むことがある。昔は血液検査せず治療していたのでしょうけど。

 

対応として、まずは安静を保てる環境(入院、必要なら保護室も)。そして悪性症候群に留意しながら、ベンゾジアゼピンと抗精神病薬を少量から開始するようにしている。身体的疲労が強い場合も多いので、輸液もよい。このような治療で概ね精神症状も身体的にも良くなる。

 

ちなみに、CPKが著増する原因としては、過剰な横紋筋の酷使(外来の人)と共に、急激なEPS出現に伴う横紋筋融解によると考えられる。

なおカタトニアも病態としては悪性症候群に似ている(発熱を伴う場合は“悪性カタトニア”)。ただし治療としては、同様に、ベンゾジアゼピン+抗精神病薬が多い。

 

 まとめると、向精神薬の乱暴な変更はしないよう注意しつつ、

薬剤増量・変更時に

a.    歩行障害や手足の振戦などで気づかれるEPS急性増悪

b.    不穏、興奮、亜昏迷~昏迷など精神症状悪化、意識障害

c.     血液検査でCPK上昇(白血球も)

 

→ 悪性症候群かも?と上記の対応。

 

 なお治療を急ぐ時は、ECTがベスト。

 

 最後に、悪性症候群、というと、かなりやばい、死に至る病気!とされていたが、それに近い病態(前駆状態)を含め、現代は適切に対処すればほぼ大丈夫と思う。おそらく昔は、その存在についてあまり精神科医に知られてなかったから。