しがないつぶやき【Z】

しがないつぶやき【Z】

高松在住の塾講師が思いつくまま、思い出すままに書くブログ。
「無印」から始まり(R)、そして【Z】へ。
管理人の日常、回想、思考回路を提供し、お送りいたします。

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基本的に、料理は得意ではありません。かといって、まったく手も足も出ないわけでもありません。

ひととおりのことなら、やってできないことはありません。ただ、独りで暮らしていると、できあがった料理と、それに伴う調理から片付けまでの労力が、どうにも釣り合わないような気がしてしまって、手の込んだものを作るにあたって、それだけの気力がこれまでは湧いてきませんでした。

それがこの数週間というもの、少しずつ自炊のレベルを上げようと試みています。おそらく、もう出来合いのものに飽きたんでしょうね。まだまだSNSで「映える」ようなものなど作れていないし、そもそもそんなつもりもないのですが、今回ちょっと、自分でも驚くほどうまくできたものですから、ちょっとお知らせしてみたくなったという次第です。

 

普段から紅茶を飲むものですから、なにか茶菓子を自作できないものかと前々から思っていました。お菓子なんて、普通の料理よりさらに難易度が上がるんじゃないかと思われるのですが、ぼくが作ることにしたのは基本中の基本のお菓子です。

すなわち、パウンドケーキ。カトルカールとも呼ばれます。

イギリスやフランスの家庭で一般的に作られる、もっとも基本的なお菓子のひとつです。このお菓子は、小麦粉・卵・砂糖・バターという4つの材料を同じ量で使うので、材料の用意がとても楽なのです(カトル・カールという名称自体が、4分の1が4つという意味です)。それに、基本的に全部を混ぜて、オーブンで焼くだけですから、手の込んだ作業は何もありません。

まァしかし、市販のホットケーキミックスで作ったホットケーキしかお菓子らしきものを作ったことがない人間が挑むには、少々勇気がいります。

作るにあたって、ネットでいろいろとレシピを見てみたのですが、なんというか、どれも余計な手順が多い印象でした。おそらく、できあがった際の見た目の良さを重視するあまり、手数が増えてしまっているのではないかと、素人了見で思いました。

でもよく考えてみると、そもそもが家庭料理ですから、そんなに手の込んだものであるはずがなく、味さえ悪くなければ、腹に収まれば見た目はどうでも良いのです。見た中で最も手順の少なかったもので作り始めました。

 

まずぬるま湯で湯煎しながら、卵と砂糖を混ぜ合わせます。ハンドミキサーを使えば楽なのでしょうが、ぼくは手作業で行いました。そもそもそんな機械、持ってないし。

撹拌して、とろりと白っぽくなったところへ小麦粉を投入。ダマにならないように何回かに分けて入れ、さらに撹拌。

粉っぽさが消えたところへ、溶かしたバターをまた2〜3回に分けて入れ、さらに混ぜます。

生地がなめらかになったら、100均で買ってきたケーキ型に流し込みます。

予熱しておいたオーブンに投入し、170度で約40分。

できあがりがこちら。

 



 

これが人生で初めて作ったとは、ちょっと思えないような良い出来です。舌触りもなめらかで、自分のようなド素人が作ったとはとても思えません。

当初の予想どおり、もともとが家庭料理ですから、おそらくそんなに失敗の可能性が高いお菓子ではないのでしょう。

さて、じゃあ今度はスコンに挑戦してみようかな。スコンもイギリスの家庭で一般的に作られるお菓子で、女の子がお母さんから最初に教わる「お料理」だそうだから、そんなに難しくはないはず。

 

昔から運動が嫌いで、走ったり跳んだりが非常に不得手でした。

思い返せば、跳び箱もろくにできないし、逆上がりもできないまま大人になってしまいました。一輪車だけは、ある事情から乗れるようになったのですが、一輪車というのは本質的に自転車と同じであって、運動神経云々ではなく、ある程度の練習量を確保しさえすれば、おそらく誰でも乗れるようになるはずなのですが、それはさておき。

走ってもすぐに息切れするものだから、長時間はできない。マラソンやジョギングを趣味でやるなんて、ぼくからすれば狂気の沙汰です。

そんなぼくでも人並みにできる運動というのが、「歩く」。ウォーキングだなどとは恐れ多くて申せません。ただ「歩く」だけ。つまりは散歩です。

もともと運動が不得手なうえに出不精ですから、歩くことすらそんなに好きではなかったし、そもそも体力もそんなに無いのですが、今年の春あたりからずっと右肩に違和感があって、これはさすがに何か運動めいたものをしなければと思っておりました。

10月に入り、ようやく時候が落ち着いたところで、体を動かす第一歩「歩く」を始めました。自分から何か運動らしきことを始めたのは、覚えている限りおそらく人生で初めてです。

で、ただ単に歩くだけというのもちょっとつまらないかなと思いまして、スマホにアプリを入れました。

 

Pikmin Bloom。

 

据え置き型ゲームで育った世代だからか、ゲームは家で独りでやるものだと思ってしまっているので、スマホゲーム自体ほとんどケータイに入れていないのですけれど、ものは試しとインストールしてみました(「Pokemon GO」は赤と緑からやっている世代からするとどうにもつまらなくて、リリースされたときに少し試してみただけで、すぐに削除してしまいましたし)。

ゲームとしてのおもしろさ云々よりも、万歩計のかわりに使っているというほうが正確でしょうか。まァその、ピクミンの苗を拾ってきて歩いて育てるわけですが、あと数百歩で苗が引っこ抜けるのに家に帰り着いてしまったら、ひとブロック余計に大回りしてみたりと、運動にはなっているようです。

昨日(11/22[火])までの歩数がこちら。

 



 

ログを調べてみると、インストールが10/3(月)、そこからの51日間で合計389,500歩。平均すると1日およそ7,600歩。

10月は始めたばかりで、まだまだ歩き慣れていなくてすぐに疲れてしまって、たぶん平均すると5,000歩くらいで、サボった日もそこそこあるのですが、11月に入ってからは1日ずっと雨の日以外は欠かさず1万歩以上は歩いております。

一度、2万歩を超えた日があったのですが、これはさずがに足を痛めそうになりました。いまの自分の限界は1日に1万5,000歩程度のようです。

2か月弱つづけていると、歩幅も広くなり、歩調も速くなりました。どれほど関係があるかはわかりませんが、懸案だった肩の痛みもなくなりました。

これからも継続したいと思っています。

「趣味は散歩です」と胸を張って言えるようになるために。

 

 

 

  素人の応酬

 

近頃は、テレビ、ラジオ、映画、ネットなど、不特定多数の人の目に触れるメディアにおいて、Twitterをはじめとするツールで口汚い批判が飛び交う。しかもそれが実質、素人が素人を批判する状況となっているわけで、無関係の第三者からすれば滑稽なことこの上ない。

視聴者側はもちろん素人だが、YouTuberも大半が素人だし、テレビに出ている芸人も若い世代ばかりで半分素人みないなものだ。この期に及んで声優がもてはやされているが、1990年代の黄金時代、巨匠の演技を知っている筆者のような世代からすれば、20代の声優などヒヨっ子、ペーペーもいいところである。もはや、どこに目を向けても素人が跳梁跋扈している有様である。

ネットが普及する前からテレビに接している世代からすると、現在のように何につけても素人の意向を気にする風潮ができあがっている状況は、異常であるように映る。

 

かつて、素人がその場で思ったことを出演者や制作側にダイレクトに伝えようと思ったら、取れる手段は限られていた。たとえばテレビ局に電話する、新聞の投書欄に寄稿するくらいが関の山である。

電話や投書は発信する側にとってものすごいエネルギーを要したわけだが、それにしたって、途中で何人もの人の手を経るために、素人の発言が制作者側に直接的に届くことは非常に稀なことであった。

昭和の時代に思いを致してみよう。

昔から、ビールを片手に野球のナイター中継にクダを巻くオッサンの様子は、見るに耐えないものである。かつてなら、その被害はまわりの家族数人だけで済んでいたのだ。

しかし、ネットの時代ともなるとそうはいかない。

現在の状況は、かつてオヤジがテレビの前でクダを巻いていた時代、すなわち、創った側と見る側(消費側)が直接的にやり合うことがなかった時代ではない。Twitter、ブログ、YouTubeコメント等で発した言葉は、すぐさま世界を駆け巡り、クリエイター側にダイレクトに届いてしまうのである。

それはつまり、この作品はつまらない、あなたの発言はおかしいと、本人を前にして言っているのと、本質的には同じであると思っておかなければならない。

 

 

 

  群衆を隠れ蓑に

 

批判をする側は、まさか当の本人から反論が来るとは夢にも思っていない。

批判をしている自分は、同じように批判・否定している不特定多数の人間のグループに属しているのであって、シュプレヒコールをあげている群衆のなかのたった1人に過ぎないのだから、「個」対「個」ではなく、「集団」対「個」のやり合いだと思い込んでいる。

ところが現実はそうではない。たしかに膨大な手間と時間がかかるだろうが、やろうと思えば「個」対「個」に持ち込むことだってできるのだ。それがネットというものである。

 

多くの人には、他者に対する承認欲求があると言う。自分の感想に同意してもらいたいのだ。

「みんなそう言ってる」「そう思っているのは私だけじゃない」

自分の意見は、集団の中の多数派であると疑わないのである。

ネット上でなら平気で人間性を疑われるような発言ができる、その心理の裏には、現実のデモ隊のように、意見を同じくする集団が、隠れ蓑なっている意識があるように感じる。

しかし、その認識は間違いだ。

テレビの前でのひとりごとが、ネットの大海原へ流れ出て、批判を向けている当人に直接届く時代であるのなら、クリエイター側も消費者に対して直接語りかけることができる時代なのである。ゆえに、ネットで批判を口にする人は、自身も甘んじて批判を受ける覚悟が必要である。

 

自分が批判している人物と一対一の状況になったとき、まったく同じことが果たして言えるものだろうか。人前で言えぬようなことは、そもそも口にせぬがよろしいのである。

まァしかし、だからと言ってホメ合いばかりのコメントも、それはそれで気持ちが悪いと思う、アマノジャクな自分もいるんですけれどね。

 

 

  何の冗談だろう

 

先日、ヤマダ電機をうろついていたら、“蚤の市”なるものを開催していました。そういう時期なのでしょうが、商品の入れ替えのために古いものを割安で放出しているのです。

こういうものは大抵の場合、本当に必要なのかどうか怪しいものがほとんどで、サイズや色、スペックなどの点でなかなか自分の希望に沿わないのです(だからこそ現在まで売れ残っている道理なわけで)。

冷やかしがてら物色していたのですが、その中にBluetoothのイヤホンがありました。スポーツ仕様で、落とさないようにイヤホン同士は有線です。

 



 

メーカーは・・・・・・よくわからない。とりあえずメジャーどころではないというのは確実です。

じつはBluetoothイヤホンは持っていなかったので、1,000円くらいだったら買いかなァと思いつつ、箱をひっくり返して売り値を見たとき、思わず我が目を疑いました。

 



 

55円……55円?

同じカートの中には6,500円や4,800円と、けっこうな価格の商品が入っていて、見た限りでは2,200円が最安値だったなか、これだけがケタ違いの55円。

確実にジャンク品か、そうでなければ何かの間違いだろうと思いましたが、すぐ隣のカートに11円のタッチペンがあったので、どうやら間違いではなさそうです。

買って帰ってもし壊れていても、55円ならまァ後悔はしないだろうし、諦めもつくと思いまして、くだんの11円タッチペンと一緒に、洒落のつもりで購入いたしました。

いちおうレジで「この値段で合ってますか」と確認しましたが。レジのおねえさんは「あァこれね」と苦笑いしていました。

 

 

 

  動作確認

 

さてそこで。

持ち帰って、いざ充電。

同梱の取扱説明書によると、フル充電まで2時間、充電中は赤色LEDが点灯する、となっているのですが、どこも光らない。

やはり壊れていたか、と思いつつ、充電したまま耳に当ててボタンを押してみると、電話が繋がる前のような「ツー」という電子音が。ということはどうやら壊れているわけではなさそうです。

気長に待つことにしましたが、2時間待っても2時間半待っても、いっこうにLEDが点かない。

そして、充電を始めてから3時間後。

ついにLEDが点灯!

 



 

そのままさらに2時間弱待ってみると、やっと青色が点灯!

 




ここへ来て、Bluetoothのペアリングもできるようになりました。それまでは充電の不足なのか、登録可能なデバイスとして上がって来なかったんですよね。

 

さて、使用感ですが。

音質は2,000円程度のイヤホンと遜色ない感じです。55円なのに。生意気にノイズキャンセリングも付いてるし。

仕様書によると連続使用は5時間のようですが、ひとまず3時間は問題なく使用できました。

ただ、やはりバッテリーが古くなっているのか、待機時間は仕様書のとおりの175時間もは持たないようです。充電ケースが付属していないので、これを持って外出するのには向かないですね。家の中での使用にとどめましょう。

 

これで55円なら上等です。いつ壊れても悲しくないし。

 

今回の更新は、本当なら『図書館の大魔術師』から最新話の感想を書こうと思っていたのですが、ちょっと悲しい事故がありまして、なんだか急激にやる気が失せてしまったので、そちらのほうを思いつくままに書くことにします。

 

今日、少し時間があったので、前々から気になっていた作業をこなそうと思い立ちました。それは何かというと、「動画のファイル形式を変換すること」。

ぼくは落語の鑑賞を趣味のひとつとしていて、数年前に自分が気に入った公演の音源や動画データをちょこちょこと集めていたのですが、当時はPC関係にとことん疎くて(いまも詳しいわけではありませんけれど)、拡張子を.wavや.wmvにして保存してしまっていました。

音楽を聞いたり動画を見たりするときにWindowsしか使用していなかったときは何の問題もなかったのですが、ケータイはiPhoneで、タブレットはAndroidで、いまこのブログはChromebookで書いているような状況となってしまうと、持っているデータが途端に意味をなさなくなってしまったのです。これは非常にもったいないので、フリーソフト等を利用して、より汎用性の高いフォーマットに変換する必要がありました。ただ、これにはかなりのまとまった時間がなければならず、それがために今日まで放置してしまった次第です。

まず音楽データをすべて.mp3に変換。ほとんどはもともと.mp3で保存していたので、変換の必要があったデータの数そのものもそれほど多くなくて、これは何の問題もなく完了しました。

つづいて動画を.wmvから.mp4に変換します。音楽データと違って、動画は容量が大きいので、変換も、その後のダウンロードも、どちらにも結構時間がかかります。データを変換してダウンロードし直すと、フォルダの中には元のデータと変換後のデータが並ぶことになります。だから、変換やダウンロードの最中に、終わったものの元のデータを削除する作業を裏でやっていたのです。

1つひとつを右クリックして削除していたのですが、そのうちにショートカットキーを発見します。ChromeOSですから、使い慣れているWindowsのものとは違います。

「alt + Backspace:削除」あァ、こんなのあるんだ、と思って試してみた瞬間。

 

USBメモリのなかのフォルダごと全部、データが消えました。

 

これはもう、ぼくが操作を誤ったからなのですが、幸いにして、作業は三分の一ほど終了していて、変換が済んだ端から別のフォルダに移していたので、まったくすべてが消えたわけではないのですが、とにかく未処理の動画十数本が削除されてしまいました。

消してしまったその瞬間はそんなに焦っていなかったのです。というのも、いわゆる「ゴミ箱」に入っているものをもとに戻せば良いと考えていたから。

 

ところが。

 

Googleドライブのデータは削除してもすぐに復元できるのですが、ローカルのデータは一度削除してしまうと、もう二度と戻らないと言うのです。つまり「ゴミ箱」フォルダの機能が存在しない。ネット上をいろいろと探りましたが、どうやら方法はないらしい。ある手順を事前に踏んでいれば、いったん「Trash」というところに入ったようなのですが、PCに疎いぼくは当然そんな安全策を用いているわけもなく、データはもう戻らないようです。

 

もうこれで重度の脱力に襲われまして、いまようやく少しだけ立ち直って、このブログを書いているという次第です。そうか、このあたりにChromebookの落とし穴があったか、と少々高い勉強代を払って気がつきました。

復元方法をご存知のかたがいたら、ぜひ教えてください。

みなさまもデータの扱いにはご注意を。