時計
時計を考えたやつは凄いな、と思うけど
時計の「読み方」を考えた奴もある意味凄いと思う
なにが言いたいかと云うと
時計ってよくよく考えたら分かりづらいよな
ややこしいのだ
今から
自分が時計を
「全くわからない人間の気持ち」になって
この先、
読んでみて?
まず、
数ね!
長い針と短い針で違いかあり
キリの悪い1~12までの数で示す以上に
13時~24時までの表し方があり、
その表し方も、分かりづらいよな
例えば
15時だけど、針は「3」を指していたりね
これ、15時がややこしいなら「午後3時」とか
午前、午後という読みで針と同じ言い方を出来きて、ややこしさを回避する手段もあるが、
「分」の場合はもう免れない
例えば長い針が
「10」を指したら
50分という読み!
ほら!ややこしい(笑)
そもそも分や秒にしてもキリの悪い
「60」という区切りは何故なんだ?
これを学んできた俺らは
「今、何時?」
と思えば
腕時計とかサッ!と見て
パッと
17時32分!
なんて一瞬でわかる
つまりこれ
今考えると
俺ら子供の頃、
よくこのややこしさを理解したと思うし
これ教えた親や先生も
実は偉い
どこぞの
昔の賢人が
時計という「システム」を考えたか知らんが
一日の時間を把握する上で
時計
という
システムは確かにわかりやすい!
しかし
実は読みは分かりづらいという(笑)
それを回避するために
数字表記の時計もあるのに
今だ、針時計があるのは
なにかワケがあるはずな?
まあ
こんな事書きながらも
俺は針時計の方が良い(笑)
時間の中に人生あるなら
俺らが死ぬまで
幾度、幾度
いつも見る
「時計」が表す「時」は
記録や記憶にもなる
つまりこれからも
長い付き合いなんだな
だから
数字表記の時計だけが世の中に溢れるより
回り「廻る」という
「経過が見える事」に実は
想い入れっていうのがあるから
俺は
針時計の方が温かく感じる、
ではあるのよね
幸せも
不幸も、
ひっくるめて
今日もまた一周「廻り」
明日からもまた始まる
みたいな、ね