マスコミ
と昨日書いたが
例えば、ネットによる
皆の意見、
(SNSでも良い)
あれも実は煽りがあったりね
「多数派」って空気が現れ易いと思うのよね
それにより流されたりさ、
回避したりね
ネットユーザーが
事象に対しての評価や表現
いろんな批判などもあるから
周りに惑わされない感覚から生む
自身の「意見」がやっぱり大事だなあと
マスコミにしても、ネットの声にしても
自分の意見と重ねあわせたり一つ
の「目安」で見るくらいが丁度良いと思う
それと
TVで
例えば情報番組やバラエティ番組でよくやる
「視聴者のSNSによるつぶやき」
画面下にじゃんじゃん流されるよね
「さんまウケるwwやっぱり最高!
:19歳大学生より」
「わたしはやっぱり男も家事をやるべきだと思う
:27歳 専業主婦より」
とか
やっぱり載せるには公共の電波なのでTV側も
「あたりさわりないつぶやき」をチョイスして
その視聴者の声(つぶやき)を写しだす
実はこれも
ものすごく小さい単位であるけど
情報操作でもあるよな
大げさかもしれないけどね
ご存知の通り
絶対に
「ネットのつぶやきの方がドロドロしている」
言葉やら批評やら、ね
もっとエグい事を云うしカキコまれている
ネットとかで
「迷惑自慢投稿」とかある時代だ
しかしTVは新しい「ネットと声」というツールすらも
当たり障りないように隠さなきゃいけない
なんだがもどかしく見えて、
ちょっと冷めるもんがあるなあ
だからシーソーは
TVの写し出すモノ
より
ネットが写し出すモノ
が「リアル」という図に傾くと思うのよね
でも実はそうじゃなく
どっちもどっちでさ
ブログ冒頭で書いた通り
周りに惑わされない感覚から生む
自身の「意見を持つ」がやっぱり大事なんだよな
同じ様な声は
それがネットの方が
「わかりやすい」し
「目安」に出来るだけの事
政治家や芸能人の失言が問題になっていたりするけど
ネットでは、そんなレベルなんてザラだ
逆に、失言以上に汚い言葉で
失言を批判する
視聴者の声のつぶやきでもそうだけど
モラルの観点から見ても
どっちもどっちだろう