ダーリンちゃんと私①
私がダーリンちゃんと出会ったのは、私の心がとても不安定な時だった。
まるで素人の綱渡りのような不安定さだ。綱の上にはかろうじて乗っているけれど、前に進むこともできなければ後ろに下がることもできなかった。
眼下には吸い込まれそうな闇があるだけだ。
「いらっしゃいませ」と私は言った。「またいらしてくれたんですね」
常連さんのダーリンちゃんが返事の代わりにはにかんだ。
当時、私は居酒屋に勤めていた。いずれ自分の店を持ちたいと勉強していたわけだが、3年ほど経ったそのころ、若さゆえにか、行き詰ってしまっていた。
有体にいえば人間関係に苦しんでいた。
大型チェーン店の人の出入りは激しい。知らない人が突然入ってきて突然上司になる。
コップに酒を満たして厨房に立つ人間もいれば、お客様の見ている前で喧嘩をする人間もいる。なんとなく気に入らないという理由だけで、同じ仲間の従業員に無視をする人間もいる。
そんな人間が突然やってきて、上司になる。私には理解できなかった。
その中でも特に理解できなかったのは、料理のまずい料理人だった。
プライドだけは高い。でも誇りも何もあったもんじゃない。
だからと言って上司。何も言えない自分。それも情けない。
ただその場から逃げたかった。
ダーリンちゃんと出会ったころは、私にはほかにお付き合いしている人がいて、その人と結婚したいと思っていた。
「結婚して」と言うと、その人は首を横に振った。お互いにまだ若かったし、その人にはミュージシャンになる夢があった。
それはずるかったかもしれない。
でも本当にその場から逃げださなければ、私は私を殺してしまったかもしれないくらいに追い詰められていたのだ。
ダーリンちゃんなら結婚してくれるかもしれないと思った。この場所から逃げれるかもしれないと思った。
つづく
