埼玉・栃木通勤ライナーめぐり1(東武伊勢崎線特急りょうもう39号) http://ameblo.jp/shitetsuensen98/entry-11283859690.htmlの続きです。


久喜で一旦改札を出て、再び乗車券を買い直して、上野に向かいます。東武伊勢崎線急行と区間快速を東武動物公園で乗り継いで北千住まで戻り、さらにJR常磐線に乗り換えて上野に向かいます。


上野からは21時02分発JR東北本線ホームライナー古河3号古河行きに乗車することにしました。ホーム上のライナー券売機でライナー券を求め、乗車改札を受けます。


大塚良治の鉄道ブログ


ホームライナー古河3号は、185系7両編成による運行です。


大塚良治の鉄道ブログ大塚良治の鉄道ブログ


ホームライナー古河とホームライナー鴻巣は、グリーン車も普通車扱いになっており、人気を集めています。私もグリーン車の6号車を利用することにします。


大塚良治の鉄道ブログ大塚良治の鉄道ブログ


ホームライナー古河3号は、定刻に上野を出発しました。車内を一通り視察したところ、座席定員424名に対して、260名が乗車していました。乗車率は61.3%です。車掌は2人乗務でした。


早くも、上野から20分弱の浦和で6号車から4名が下車しました。おそらく全体で20名~30名程度が下車したものと思われます。上野は始発駅ですので一般列車でも1本待てば着席できるのですが、ゆとりを買いたい通勤客が一定数いるようです。


その後、6号車は大宮で2名、東大宮で3名、蓮田で5名、そして最後の途中停車駅久喜で10名が下車しました。2時間前に東武伊勢崎線りょうもう39号で久喜を訪れましたが、同じ日に同じ駅を今度はJR線で再び訪れたことに何だか不思議な感情が湧いてきます。


そして、列車は上野から1時間強で古河に到着しました。


大塚良治の鉄道ブログ大塚良治の鉄道ブログ


到着後、ホームライナー古河3号は回送となり、しばらく1番線に停車していました。


ホームライナー古河3号は、ホームライナー千葉3号http://ameblo.jp/shitetsuensen98/entry-11260803362.htmlとほとんど同じくらいの乗車率でした。


しかし、2015年度の上野-東京間の「東北縦貫線」開業に伴い、上野は途中駅となり始発列車の大幅な削減が見込まれることから、着席が困難になると予想されます。そのため、「東北縦貫線」開業後は、ホームライナー古河・ホームライナー鴻巣の乗車率は増加するかもしれません。


ホームライナー古河3号はグリーン車も普通車扱いとなっていますが、グリーン料金を徴収するグリーン車扱いにした方がよいと思います。そうすれば、グリーン定期券所持者も利用することができます。


また、車掌が2人も乗務していたにもかかわらず、車内巡視に一度も来ませんでした。これでは、車掌2人乗務の意味が全くありません。中央ライナー・青梅ライナーのように座席指定制とし、車掌にハンディ端末を持たせ、目視による車内改札をさせるようにすれば、ホームでの乗車改札が省略され、乗客にとっても便利になります。現在はホーム上で、子会社の東日本環境アクセスの係員による乗車改札が実施されていますが、そろそろ再考の時期にきていると思います。現在まで、ホームライナー古河・ホームライナー鴻巣は上野からの乗車しかできず、途中駅からの乗車は認められていません。中央ライナー・青梅ライナーと同様に座席指定制にした上で、途中駅からの乗車を認めることで、さらなる乗車効率向上と増収も可能になるものと思われます。


ホームライナー古河・ホームライナー鴻巣のライナー料金は500円で、普通列車グリーン料金50kmまで750円よりも安く、浦和や大宮など着席が困難な途中停車駅からの集客を見込めるのではないでしょうか。


私はホームライナー古河3号を降りた後、通勤快速宇都宮行きに乗車し、宿泊地である宇都宮へ向かいました。

昨日は、東武伊勢崎線浅草19時10分発、200系208F6両編成による特急りょうもう39号赤城行き5号車に乗車し、埼玉・栃木通勤ライナーめぐりをスタートしました。


浅草に着いた時刻がりょうもう39号の出発時刻間際で、ホーム上の案内所で席番指定のない補充券で久喜までの特急券を発行してもらいました。6号車の最後部デッキで待つように言われ、車掌さんから席番の指定を受けました。車掌さんはハンディ端末で座席を探しながら、私の座席を入力していました。東武動物公園と久喜では2号車と5号車のドアしか開かないためか、5号車の一番前の座席を指定されました。他にも空いている座席があるにもかかわらず、壁が目の前にある座席を指定され、かなりテンションが下がりました。乗客の希望を聞いてほしいものです。この点には少し疑問を感じました。


浅草出発時点で5号車は座席定員72名中38名が乗車していました。列車は10分強で、北千住の特急専用下りホームに停車します。ここから大量の乗客が乗り込んできて、5号車には新たに16名の乗客を迎え入れました。乗客のほとんどが帰宅の通勤客でした。


東武動物公園で5号車は9名が下車し、1名が乗車してきました。4号車からも10名以上の下車がありました。


列車は浅草から50分足らずで久喜に着きました。5号車からは私を含めて5名が下車しましたが、乗車はありませんでした。乗車率は52.3%でした。


久喜は、浅草から500円の最低料金で来れる最後の駅ですが、利用が多いのは東武動物公園までのようです。


近年のりょうもう号は乗車率の低迷に悩まされています。昨年12月の群馬県庁での聞き取り調査によると、群馬県をはじめとする沿線自治体は、りょうもう号の車両更新や本数増加などを要望していますが、東武鉄道は日光線系統の特急スペーシアの強化を優先する立場から、りょうもう号の改善の予定はないとの回答であるそうです。


しかし、りょうもう号の乗車率向上のためには、抜本的な車両リニューアルをはじめとするハード面の積極策が大切であると思われます。また、ソフト面での施策としては、JR西日本や南海電気鉄道が実施している特急「マイシート定期券」や特急料金回数券の発売、停車駅の増加と短距離区間料金の新設などが有効ではないでしょうか。例えば、りょうもう号の新越谷と春日部への停車などはJR武蔵野線や東武野田線の乗換客を取り込める可能性があります。25km300円(昼割・夜間割200円)の特急料金を新設すれば、浅草-新越谷間22.9kmの区間などが対象となり、利用しやすくなります。


また、思い切って東武野田線岩槻への直通列車の設定などを行うことで、大宮乗換でJR東北本線で都心に向かう乗客を取り込むこともできるかもしれません。本当は野田市への直通列車も設定できると面白いのですが、春日部駅の配線が、伊勢崎線浅草方面と野田線野田市方面とが直通できない構造になっており、難しいところです。現在、春日部駅付近の立体交差化が計画されており、伊勢崎線浅草方面と野田線野田市方面が直通運転できるよう改良することもぜひ検討していただきたいところです。

大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ

今日は、西武池袋線池袋駅13時39分発急行飯能行きで飯能に向かいました。30000系「スマイルトレイン」8両+2両による運行でした。スマイルトレインは、日立製作所の”A-train”シリーズをベースにした車両で、丸みのあるデザインとアルミを随所に採用しているのが特徴です。


池袋を出発した後、石神井公園、ひばりが丘、所沢に停車します。所沢では半数程度の乗客が下車しました。当駅は西武新宿線との乗換駅でもあり、多くの乗降がある埼玉県西部の一大結節点です。


所沢から飯能まで各駅に停車します。駅の案内放送も「各駅停車飯能行き」に変わりました。各駅に停車するごとに乗客が下車しますが、乗車はわずかでした。飯能では10号車は私を含めて女子中学生の集団からなる7名ほどでした。


飯能到着後、30000系の撮影に取り掛かります。



大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


車内は片持ち式ロングシートが並び、広々とした印象です。また、優先席にはハートマークがプリントされ、一般席と一目で区別ができるようになっています。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


また、車内ドア上にはLCDモニター2台を設置しています。


大塚良治の鉄道ブログ


また、2番ホームに停車していた14時34分発各停西武秩父行きもついでに撮影しました。飯能-西武秩父間では主にセミクロスシートの4000系4両編成が使用されます。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ

大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


飯能駅を後にして、東飯能駅へと歩きます。飯能駅は、1992年10月23日に、西武飯能PePeや飯能プリンスホテル等が入居する現在の駅ビルが完成しました。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


飯能駅前通りにあった丸広百貨店飯能店はすでに閉鎖して、建物も解体されていました。


飯能駅から10分ほど歩くと、東飯能駅に着きました。当駅は西武池袋線とJR八高線の接続駅です。1999年2月10日の橋上駅舎の供用開始までは、西武鉄道管轄の共同使用駅で、西武がJRの駅業務を受託していました。JRと西武の改札は共通で、両線の乗換は改札内地下通路を介して行っていました。


橋上駅舎化に伴い、JRにも自動改札機とみどりの窓口が設置されています。両社の改札と駅業務は完全に分離され、両線の乗換客は一旦それぞれの改札口を出入しなければならなくなりました。乗車経路確認の徹底化を図るため、共同使用は解消される傾向にあります。関東では、2000年に入ってから、栃木、佐野、伊勢崎、栗橋、東飯能、拝島、武蔵境などの各駅の共同使用が解消されました。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


2000年10月6日には、東西自由通路が開通し、東口が開設されました。東口駅ビルに丸広百貨店東飯能店が開店していますが、2006年4月30日に売り上げ不振により一旦閉店しています。しかし、先ほども述べた丸広百貨店飯能店の閉店に伴い、2009年9月11日に旧東飯能店である東口駅ビルに飯能店が移転開業し、現在に至っています。


大塚良治の鉄道ブログ

東飯能駅を後にして、飯能河原へと徒歩で向かいます。飯能に歴史ある建物が点在し、材木を商った往時の面影を残しています。1922年建築の飯能織物協同組合の近代建築の建物も残されています。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


飯能河原は豊かな自然が残されたオアシスです。大学生グループがバーベキューに興じていました。夏場は川遊び、秋は美しい紅葉を楽しむことが出来ます。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


割岩橋を渡って、飯能駅へと戻ります。橋の上から眺める渓谷美は絶景です。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


飯能駅に向かうと、通りに隔てられて一部線路が残されている場所があります。本線と完全に分断されていますが、なぜこのような形で残されているのかは不明です。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


飯能からは16時24分発快速急行池袋行きに乗ることが出来ました。セミクロスシート車の4000系4両+4両で、ハイキングからの帰りと思われる乗客でいっぱいでした。本当は特急レッドアローに乗りたかったのですが、次の池袋行きが17時05分発までないことが分かり、断念しました。その代わりに、4000系の快速急行に乗ることが出来て、ラッキーでした。


大塚良治の鉄道ブログ


池袋に17時11分に到着し、次の目的地へと向かいました。

6月7日(木)、東京22時00分発寝台特急サンライズ瀬戸高松行きに乗車しました。9番線でサンライズ瀬戸・出雲の入線を待ちます。すでにホームには、サンライズエクスプレスを待つ、大勢の人たちの列が出来ていました。


大塚良治の鉄道ブログ


出発時刻10分前くらいに、田町車両区から285系7両+7両のサンライズエクスプレスが入線してきました。乗務員室の窓からは、JR西日本岡山支社岡山車掌区の車掌さんが顔を出して、ホーム上の安全を確認しています。サンライズエクスプレスでは、本州内の車掌業務をJR西日本岡山支社岡山車掌区・同米子支社米子車掌区が担当します。運転士は旅客会社が自社区間を担当します。また、四国内児島-高松間はJR四国の乗務員が運転士・車掌とも担当します。


列車が到着しても、車掌と運転士が無線のやり取りをしていて、なかなかドアが開きません。


大塚良治の鉄道ブログ


ようやくドアが開いたところで、大急ぎで5号車普通車指定席(のびのび座席)を撮影します。のびのび座席は、特急券のみで乗車できるため、お得感があります。普通車指定席であるにもかかわらず、横になれるのがうれしいです。この日も大勢の人たちがのびのび座席に乗り込んでいました。


大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


私は今回は、4号車A個室寝台シングルデラックスのチケットを取りました。4日(月)に池袋駅みどりの窓口で聞いた時には満席でしたので、B個室寝台シングルのチケットを取りましたが、前日の6日(水)に再び窓口で空き状況を聞いたところ、A個室寝台シングルデラックスの空きがあったため、変更してもらうことができました。特急料金のほか、A個室寝台料金13,350円がかかります。


5号車を後にして、4号車へと向かいます。個室が並ぶため、通路は若干狭くなっています。


大塚良治の鉄道ブログ


チケットを確認すると、階上の22番の部屋でしたので、階段を上って、部屋へと入ります。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


部屋に入ると、海側にベッドが、山側に事務机とイスが置かれています。また、北側壁面に洗面台まで設けられています。さながら、「動くビジネスホテル」といった感じで、大変快適です。

大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ


横浜に差し掛かるあたりで、車掌が車内改札にやって来ました。チケットをチェックし、その代わりにA寝台専用シャワーカードとアメニティセットをくれました。A寝台専用シャワールームは4号車車内の5号車より車端部にあります。


大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ


しばらくして、就寝してしまい、気が付くと、岡山の手前付近を走行しているところでした。しかし、再び眠りに落ちて、目覚めたのは坂出到着直前でした。


大急ぎで身支度を整えて、7時27分定刻に高松に到着しました。



大塚良治の鉄道ブログ
大塚良治の鉄道ブログ


高松でサンライズ瀬戸を撮影して、朝食をとるため、高松駅2階のUCCプラザに向かいました。


サンライズエクスプレスに使用される285系の営業運転開始は1998年であり、新しく清潔感があります。また、個室が主体ですので、女性でも安心して利用できます。


末永い運行を願わずにはいられません。

 今日は高松市中心部のビジネスホテルにチェックインした後、瓦町より琴電琴平線で高松築港を経て、JR高徳線の高松に向かいました。


 同駅16時12分発特急うずしお19号徳島行き2号車普通車自由席で徳島まで乗車しました。N2000系3両編成よる運行でした。2号車は志度出発時点で座席定員68名中17名の乗車がありましたので、25%の乗車率ということになります。振り子機能を作動させて、讃岐平野を疾走します。時に左手に海を眺めたかと思うと、今度は山間部に入ったりと、車窓はくるくると変化します。


大塚良治の鉄道ブログ


 板野を出ると、再び平野部を走り、鳴門線との分岐点である池谷(いけのたに)を高速で通過します。ホームでは普通列車を待つ高校生でいっぱいでした。程なくして勝瑞に着きます。勝瑞を出てしばらく走ると、四国一の大河吉野川の鉄橋に差し掛かります。


大塚良治の鉄道ブログ


 吉野川鉄橋を渡り、徳島線との分岐駅である佐古を通過すると、17時15分徳島に着きました。


 今回の徳島訪問の目的は、同駅18時00分発ホームエクスプレス阿南1号阿南行きに乗ることです。少し待ち合わせ時間が長いため、改札係員に頼んで外に出させてもらいました。過去に何度も訪れたことがあるため、徳島駅のおおよそは把握しています。駅ビル「クレメントプラザ」4階の宮脇書店を少し覗いて、再び改札を通ります。


 ホームエクスプレス阿南1号は4番線から発車するため、跨線橋を上り下りして、4番線ホームに向かいます。すでに、185系気動車2両編成によるホームエクスプレス阿南1号が4番線に停車中でした。列車と電光表示板をカメラに収めて、2号車に乗り込みます。 


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


 列車は定刻に徳島を出発しました。2両(座席定員128名)合わせて20名が乗車していました。


大塚良治の鉄道ブログ


 すぐに阿波富田に停車します。ここから3名が乗車しました。いずれも勤め帰りのサラリーマン風でした。南小松島では2名が下車し、女子大生風の若い女性が1名乗車してきました。ここまではあまり変化がなかったのですが、次の羽ノ浦で7名が下車し、1名が乗車しました。そして、終着阿南に18時27分に着きました。わずか24.5kmの短距離特急です。この距離は、例えば、中央本線では、東京-三鷹間とほぼ同じくらいです。結局、乗車率は16%でした。客層は、サラリーマン、OL、大学生といったところです。同列車は18時35分発ホームエクスプレス阿南2号徳島行きとなります。大急ぎで、改札を出て駅舎を撮影し、食料を買い込んで、再び同列車に乗り込みました。


大塚良治の鉄道ブログ


 ホームエクスプレス阿南2号は定刻に阿南を出発しました。2両合わせて19名が乗車していました。1号車は高校生が多くいました。どうやら通学列車になっているようです。羽ノ浦で女子高生1名が下車したのと入れ替わりに、10名が乗車してきました。南小松島では2名が下車し、3名が乗車してきました。そして、列車は終着の徳島に着きました。主な客層は高校生と出張のビジネスマン、買い物客といったところです。仕事帰りのサラリーマンも若干いました。乗車率は22%でした。


 ホームエクスプレス阿南の乗車率向上のためには、さらなる利用促進策が必要と感じます。マイカー通勤から鉄道へのモーダルシフトが鍵を握りそうです。


 JR四国では、定期券+自由席特急券での特急利用を認めています。ホームエクスプレス阿南の自由席特急料金は310円均一です。徳島-南小松島間や徳島-羽ノ浦間など区間利用が多いため、思い切って、15km150円、20km200円などの短距離料金を設けるとよいと思います。利用しやすい料金にすれば、高校生や大学生がもっと気軽に利用できるほか、サラリーマンやOLの利用も見込めます。どうせ空気輸送なのですから、利用客に喜んでもらえる料金で特急を開放した方がよいのではないでしょうか。また、車両もリニューアルし、グリーン車並の豪華車両にすれば、ある程度の需要掘り起こしは可能と思われます。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


 徳島で19時33分発のN2000系3両編成による特急うずしお28号高松行き2号車に乗り換えました。3両(座席定員167名)合わせて65名(うち指定席7名)の乗車がありました。乗車率は39%です。客層はビジネスマンが多く、後は旅行や通勤の利用者です。途中、引田でうずしお25号と、志度で同27号と交換します。これら両列車の車内を覗くと、通勤客が多くを占め、乗車率はいずれも4割程度でした。


 うずしお28号は20時37分定刻に高松に到着しました。


大塚良治の鉄道ブログ


 高松駅前の風景を撮影した後、琴電バスで市街へと向かいました。

大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ

昨日は、南海本線難波20時05分発特急りんかん13号橋本行き7号車に橋本まで乗車しました。30000系前4両1号車~4号車+11000系後4両5号車~8号車の編成でした。なお、11000系4両と30000系4両の間の通り抜けはできません。後4両は女性車掌1人の乗務でした。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


11000系は難波‐橋本間特急りんかんに限定して使用される特急形車両で、1992年にデビューしました。一方、30000系難波‐極楽橋間の特急こうやにも運用される特急形車両で1984年にデビューしました。30000系は特急りんかんにも使用されます。


難波を定刻に出発し、新今宮と天下茶屋に停まります。新今宮からは2名だけしか乗車がありませんでしたが、天下茶屋で比較的まとまった乗車がありました。天下茶屋出発時点で、7号車(座席定員60名)は34名が乗車していました。乗車率は約57%ということになります。


岸里玉出を高速で通過し、高野線へと入ります。高野線の正式な区間は、汐見橋‐極楽橋間64.5kmですが、運行系統上は難波‐極楽橋間63.8kmが高野線と案内されています。


汐見橋‐岸里玉出間4.6kmは汐見橋線と通称される区間で、1985年6月16日に岸里玉出における汐見橋線と高野線の配線分断以来、完全な支線の扱いとなっており、2両編成のワンマン普通列車が30分間隔で運行されるだけとなっています。駅施設の改良などもほとんど行われておらず、放置されています。典型的な不採算路線になっているものと思われます。実は本日汐見橋線に乗車してきましたので、別の記事で取り上げるつもりです。


話をりんかん13号に戻します。金剛と河内長野ではいずれも一桁の下車しかありませんでしが、林間田園都市では大多数の利用客が下車してしまいました。そして、難波から46分で終着の橋本に到着しました。7号車からは6名が降りていました。


橋本で一旦下車して、乗車券・特急券を購入し、折り返し20時08分発特急りんかん18号2号車に乗車しました。2号車は私一人しか乗車していませんでした。3号車も一人だけだった模様です。林間田園都市、河内長野、金剛、天下茶屋、新今宮と停車しましたが、乗車はほとんどなかったようです。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


終点難波には、21時50分に到着しました。1号車~4号車は私を含めて3名、5号車~8号車は私が目視で確認した限りでは2名の下車しかありませんでした。天下茶屋と新今宮で下車した利用客もいたかもしれませんでしたが、全部合わせても10名いたかどうかくらいの乗車しかなかったようです。まさに「空気輸送」に等しい状況です。しかも、1号車~4号車の車掌は1名だけでしたが、5号車~8号車からは3名もの女性車掌が降りてきました。橋本から乗務した車掌は、後ろ1名、前2名だったように思うのですが、途中から1名乗車してきたようです。


折り返し、22時05分発特急りんかん17号になりますが、乗車率は6割弱程度だと思われます。


乗車率向上のためには、大胆な需要喚起策が必要でしょう。りんかんの特急料金は500円均一ですが、思い切ってキロ程を細かくして値下げしたり、東武鉄道のように昼割・夜割を導入するなどで、少しでも収入を増やす方策を考えるべき時期かもしれません。利用しやすい料金にすれば、顧客満足度を向上させることも可能です。ぜひ検討していただきたいものです。

昨日は、中央本線名古屋19時58分発ホームライナー中津川1号中津川行き普通車指定席に中津川まで乗車しました。JR東海東海鉄道事業本部神領車両区所属の383系6両編成による運行でした。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ

名古屋では10番線からの出発です。


大塚良治の鉄道ブログ


名古屋出発時点で普通車65名(座席定員311名)、グリーン車1名(座席定員44名)が乗車していました。金山、千種、大曽根と停車し、大曽根出発時点で普通車185名、グリーン車6名が乗車していました。全体の乗車率は約54%(=(185名+6名)÷(311名+44名))ということになります。各駅ごとに号車を割り当てられていると思われ、名古屋出発時点では2号車と3号車がほぼ満席で、その他の号車はガラガラでした。


大塚良治の鉄道ブログ


大曽根を出ると、多治見、土岐市、瑞浪に停まります。多治見では相当数の下車があった様子です。瑞浪の次は恵那に停車し、終着の中津川には21時02分に到着しました。当駅では、普通車から35名が下車しました。グリーン車からの下車はありませんでした。

そして、今朝は、瑞浪8時45分発ホームライナー瑞浪2号名古屋行き6号車普通車指定席に名古屋まで乗車しました。383系6両+4両編成による運行ですが、前4両は回送扱いのため乗車は認められていません。前4両7号車~10号車は座席の向きが進行方向と反対にセットされていました。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


瑞浪出発時点では、普通車14名、グリーン車0名でしたが、恵那、多治見と停車し、多治見出発時点で普通車112名、グリーン車4名にまで増えました。次の高蔵寺では多数の乗車があり、全体の乗車率は45%~50%になったものと思われます。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


名古屋では10番線到着後、折り返し特急ワイドビューしなの7号となります。ホームライナー瑞浪2号7号車~10号車が回送扱いになっていたのは、車掌2人乗務では10両編成を管理することが困難なことと、特急ワイドビューしなの7号での利用を前提とした間合い運用というのがその理由だと思われます。しかし、連結されている車両に乗車させてもらえないというのは、正直印象がよくありません。何とか開放する手立てを考えてもらいたいところです。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


乗車率は少し低いですが、中央本線名古屋地区での着席ニーズはある程度はあるようです。何とか利用促進を図りたいところです。


本日は、東海道本線名古屋20時48分4番線発ホームライナー関ケ原1号関ケ原行き1号車グリーン車指定席に乗車しました。JR西日本金沢支社金沢総合車両所所属の683系2000番台5両+3両による運行です。ホームライナー関ケ原は、ホームライナー大垣とともに、急行能登の間合い運用による489系で運行されていたホームライナー鴻巣3号・ホームライナー古河3号が2010年3月12日をもってJR東日本車へ変更となって以来、他社車両運用による唯一のホームライナーです。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 


4番線ホームの乗車整理券券売機では、乗車希望の利用客が次々と乗車整理券(310円)を買い求めていました。1号車利用のための、普通列車用グリーン券も当券売機で発売しています。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ

683系2000番台グリーン車は、重厚感のある回転リクライニングシートが1+2列で配置されています。車端部の壁には電源用コンセントが設置され、ノートパソコンなどに利用することができます。

大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 


普通車も回転リクライニングシートが2+2列で並んでいます。グリーン車ほどの豪華さはありませんが、ふんわりとした柔らかく身体を包み込むような快適な座り心地です。普通車では、座席を向かい合わせにして酒盛りに興じている会社帰りと思われるサラリーマンの集団も見られました。


大塚良治の鉄道ブログ 


名古屋出発時点で普通車130名(座席定員438名)、グリーン車9名(座席定員30名)が乗車していました。全体の乗車率は約36%ということになります。この乗車率は本年3月のダイヤ改正にともない廃止となったホームライナー太多よりも低い数値かもしれません。

途中、尾張一宮、岐阜、穂積、大垣、垂井に停車し、終点関ケ原の2番線に21時37分定刻に到着しました。グリーン車から私1名が、2~8号車普通車からは11名が下車しました。1番線では、普通車の1名が米原方面への乗換を待っていましたが、私を含む11名が関ケ原で下車しました。大多数が岐阜や大垣などで下車したものと思われます。

ユニークなホームライナーであるだけに、何とか乗車率をアップさせる方策を考えたいものです。

関ケ原駅前では、近鉄タクシーが1台停まっているだけで、閑散としていました。駅舎内待合スペースでは、女性が一人で座っていました。迎えを待っているようでした。


大塚良治の鉄道ブログ 


関ケ原駅窓口で名古屋までの普通乗車券を購入し、4番線へと向かいました。大垣行きの普通列車に乗り込み、名古屋へと向かっています。今夜は名古屋で1泊し、明朝に四日市に向けて出発します。

昨日は、JR山手線原宿駅で下車し、原宿・裏原宿(ウラハラ)・表参道を散策しました。


原宿駅表参道口は、歴史を感じさせる木造駅舎を構えます。現在の駅舎は2代目で、1924年(大正13年)に竣工した、都内で現存する木造駅舎としては最も古い駅舎です。


大塚良治の鉄道ブログ


山手線の線路と並行して新宿方面に歩くと、原宿駅竹下口があり、その目の前が竹下通りの入口です。服飾や小物、クレープ店などが立ち並ぶ全長350m程の通りです。常に多くの人が行き交います。東京からだけでなく、関東一帯やその他の地方からの訪問客も非常に多い、東京の名所です。原宿駅改札口で観察していると、かなり長距離の乗車券を所持している若者を見かけることができます。


大塚良治の鉄道ブログ


大勢の通行客で賑わう、竹下通りを歩きます。通りのちょうど真ん中辺りでは、マリオンクレープとエンジェルスハートがそれぞれ店を構え、向かい合っています。両店とも店員が通行客に向かってクレープを売り込んでいます。行列はマリオンクレープに軍配が上がります。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


私は前回はエンジェルスハートのクレープを食べましたので、今回はマリオンクレープの行列に並びます。私は「あずきスペシャル」(400円)をチョイス。小倉あん、バニラアイスクリームと生クリームをクレープ生地で包んだ一品です。いま期間限定で東京スカイツリーを見立てた生クリームの無料トッピングサービスを受けることができるとのことでしたので、頼みました。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


マリオンクレープは生地にこんがりとした焼き色がついていて、食欲をそそります。少しサクサク感のある生地でしっかりした食べ応えがあります。これは美味しいです。それに対して、エンジェルスハートのクレープは「焼きたて!牛乳と卵生地の店」を売り文句にしています。ふんわり柔らかい生地で優しい食感です。好みに応じて選ぶと良いでしょう。次回はエンジェルスハートにしようと思います。ちなみに、マリオンクレープは全国展開していますが、中部地方のとあるマリオンクレープはあまり美味しくなかったです。地域やお店によって、クレープのレベルの差が大きすぎるのが難点です。本部の指導が必要でしょう。


クレープを楽しんだ後は、東郷神社境内を通ります。ちょうど結婚式の真っ最中で白無垢姿の花嫁を見ることができました。

大塚良治の鉄道ブログ


東郷神社を出ると、明治通りに突き当たります。明治通りを渡ると、通称裏原宿(ウラハラ)の入口があります。主にファンションのお店が軒を連ねる通りで、原宿の隠れた名所です。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


ウラハラを通り抜けて、表参道ヒルズに向かいます。やはり、多くの人たちで賑わっていました。

大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


表参道を逆戻りして、明治通り交差点で信号待ちをします。ここはラフォーレ原宿やH&M、GAPなどのファッションビルが立ち並ぶ原宿・表参道を代表するスポットです。


大塚良治の鉄道ブログ


原宿・表参道は、時代とともに独自の文化を作り出してきた場所でもあります。これからも、様々な進化遂げていくであろう原宿・表参道を見つめ続けていきたいと思います。

昨日は、新宿21時07分発ホームライナー千葉3号千葉行き3号車に乗車しました。JR千葉支社幕張車両センター所属E257系500番台5両編成による運行です。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


中央本線(山手線)7番線から出発します。


大塚良治の鉄道ブログ


7・8番線ホームに設置されているライナー券売機では、次々とライナー券(500円)が売れて行きます。2号車と3号車の入口で乗車改札があり、係員にライナー券を提示しないと乗車することが出来ません。ホームライナー千葉は全席自由席ですが、新宿では3~5号車の座席数188秋葉原では1~2号車の座席数118と同じ枚数のライナー券しか発売されないため、着席が保証されます。


私は、定期券+料金券で利用可能な通勤客向けの着席列車を「通勤輸送向け着席保証列車」と名付けました(大塚良治「通勤輸送向け着席保証列車の可能性―企業価値向上と利用客の満足度向上の両立に向けて―」『湘北紀要』第32号、2011年3月)。ホームライナーは、着席を提供する目的で通勤時間帯に運行される料金徴収形の普通列車です。


「通勤ライナー」とは、主に着席と速達サービスを提供する目的で別建てで運行される旅客列車です。

ホームライナーは、「通勤輸送向け着席保証列車」に該当する (JR北海道のホームライナーおよびしなの鉄道しなのサンライズ・しなのサンセットは着席保証がないため該当しない) とともに、別建てで運行されることから「通勤ライナー」にも該当します(JR北海道のホームライナーおよびしなの鉄道しなのサンライズ・しなのサンセットも別建てで運行されているため、通勤ライナーに該当する)。ウィキペディアの「ホームライナー」の項(2012年5月26日現在)には、「JR以外においても、ホームライナーに相当する列車を運行している鉄道事業者が存在する。私鉄などでの列車種別はJRと異なるため一概にホームライナーと定義することは難しいが、ここではJRのライナーと同様に着席通勤を目的として座席定員制で運転されるものを中心に記載する。」と述べた上で、「なお、ライナー列車としての固有種別の形をとってはいないが、小田急電鉄や東武鉄道(伊勢崎線・日光線系統)・名古屋鉄道・近畿日本鉄道では通勤輸送向けに有料特急列車が設定されている。これらの列車は種別・運行形態こそ基本的に日中の特急列車と変わらないが、利用実態はホームライナーに比較的近い。」と説明しています。しかし、小田急線や東武本線系統の有料特急はあくまでも「特急」であって、普通列車であるホームライナーとは異なることをここで指摘しておきたいと思います。ちなみに、小田急線や東武本線系統の通勤時間帯の有料特急は着席通勤を目的として別建てで運行されていることから、「通勤ライナー」に該当します。


新宿から秋葉原までは1~2号車は締切扱いとなっており、3号車からの2号車への通り抜けが出来ません。


大塚良治の鉄道ブログ


接続列車の遅れにより、新宿を若干遅れて出発しました。1号車~3号車には175名が乗車していました。乗車率は93.1%(=175名÷188名)でした。車内は眠りこける人もいれば、お酒を飲んでくつろぐ人、仲間と談笑とする人など、乗客は様々ですが、仕事帰りで疲れ果てたサラリーマンばかりでした。金曜日ということもあって、車内は解放感に満ちていました。


大塚良治の鉄道ブログ 大塚良治の鉄道ブログ


各駅停車を待つ乗客で溢れかえる御茶ノ水を通過し、総武本線に入ります。神田川を渡り、電気街が左手に見えてくると、秋葉原に着きます。秋葉原では1~2号車に乗客が乗り込んできます。1~2号車は71名(座席定員118名)が乗車してきましたので、乗車率は60.2%(=71名÷118名)ということになります。新宿乗車分の1~3号車の乗車率93.1%と比較すると、かなりの差があります。思い切って全席指定席にして、マルスに組み入れて、みどりの窓口で発売した方がよいのではないかと思います。現在も首都圏のみどりの窓口でイベント券扱いとして発売していますが、券売機での発売数を差し引いた分しか窓口で発売しておらず、窓口発売分は売り切れになることもしばしばです。また、基本的にはホーム上の券売機での購入を案内しているため、窓口で買えることをほとんど告知していません。利用客もほとんど知らないのではないでしょうか。


そろそろマルスに搭載し指定席化することを検討してもよい時期でしょう。そうすれば、乗車改札や券売機の案内のためにホームに大量に配置している係員を削減できるだけでなく、号車ごとの混雑率も平準化されて、顧客満足度も向上すると思います。


実際に、JR東日本管内で座席指定制を採用しているホームライナーとして中央ライナー・青梅ライナーがあります。中央ライナー・青梅ライナーは、中央本線の高頻度運行ゆえに新宿での停車時間を確保できない関係上全席座席指定制となっており、車掌がハンディ端末で指定通りの座席に着席しているかどうかを確認するシステムを採用しています。実際、東京や新宿などの中央ライナー・青梅ライナー停車駅では、ライナーの乗車改札は行われておらず、そのための係員も配置されていません。東京では1・2番線ホームのライナー券売機対応要員すらいません。人件費削減のために、JR東日本にはホームライナーの指定席化をぜひ検討していただきたいものです。なお、JR東海のホームライナーは全席指定制で、普通車の指定席券はJR東海管内でしか購入できないものの、グリーン車についてはマルスに収容されており、全国のみどりの窓口でホームライナーのグリーン券を購入することができます。


秋葉原を出て数分で錦糸町に運転停車します。ここで2号車と3号車の締切扱いが解除され、通り抜けが可能となります。


その後、津田沼で座席定員の4割程度、稲毛で座席定員の4割程度がそれぞれ下車しました。


終点千葉には新宿から約50分で到着しました。5番線の到着で、座席定員の2割程度の下車がありました。


その後、同じホームの5番線に停車していた外房線安房鴨川行きに乗換え、蘇我に向かいました。